研究員紹介
塚本 信也(教養学部言語文化学科)
二つのKY





 ものごころのつく頃には、すでにソコソコの天邪鬼だったように思う。美味しいかと聞かれれば不味いと首を振ったり、ダメかと念を押されるとイケると親指を立ててみたり。大学進学時も基本的に同工で、皆が欧米行きに長蛇の列を作っている塩梅だったから、アジア方面行きの短いそれに並んだに過ぎない。大体、「ニュ ーヨークに行きたいか」などと絶叫強要されたら、生意気盛りは普通、鼻白むものではなかろうか。かくて、私は心ならずも中国行きのスロウ・ボートに乗ってしまう(などと脚色すると学生諸君は喜ぶ。単に英語ができなかっただけなのに)。

 時は1980年代初頭、文化大革命が収束した中国は、改革開放路線を突き進み始めていた。がしかし、新規路線にちゃっかり乗り換えられるほど、当方はタフでもヤワでもない。そこはしっかり脱線転覆、未来へ邁進するどころか、粛々と過去へ潜行してゆくことになる。そう、時代の“空気読めない”点こそは、天邪鬼のわかりやすい特徴であった。


(つかもと しんや)
1995年 東北大学大学院文学研究科
    (博士後期課程)退学
    東北学院大学教養学部 助手
    <中略>
2014年 東北学院大学教養学部 教授

 さて、バラ色らしい未来に背を向けて漕ぎ出したものの、舟はすぐに停まった。何のことはない、進むべき過去への海図がチンプンカンプン、つまりさっぱり“漢文読めない”のである。嗚呼──。

 爾来、ウン十年、訓読法よろしく一進一退、時に右往左往するも、漢文はなかなか読めるようにならない。なるほど、狭義の古典文学を弄 っていた頃は、まだ浅瀬か内海を楽しむ感覚だったのかもしれない。思えば遠くへ来たもので、今や、テキスト自身より以上に、むしろそれらを古典たらしめている知の枠組み、ないし制度としての文化の方に興味が移ってしまっている。泳法や航海術を探求するうち、海自体の不思議に気づいたといえばいえようか。

 それにしても、海は広く深い。わからないことだらけだ。一寸の天邪鬼にも五分の魂、まだしばらくはそう念じ続けたい。

※ このページは、2015年3月刊行の『人間情報学研究 第20巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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