研究員紹介
菅原  研(教養学部情報科学科)
もってるもので何とかする



 小さい頃からモノを作ることが好きだった。小学校の中学年までは、ブロック、紙工作、木工、プラモデル作りを楽しみ、高学年あたりから電子工作を楽しむようになった。中学生にな ってもモノ作りは続いた。ポータブルカセットレコーダに脚をつけて歩くようにしたロボット“ウォークマン”は記憶に残る一作である。

 パソコンで遊ぶようになったのも中学生にな ってからであった。コンピュータの重要性に理解を示した父のおかげで家にNECのPC‑8001が来た。あるとき将棋ソフトが手に入ったので遊んでみた。一人で遊べるのはいいが、処理速度が遅く、一手打つのに数分待たねばならない。遅い一手に耐えながら勝負を優位に進めた。「王手飛車取り」をかけたときであった。数分後、将棋ソフトが打った手は「飛車逃げる」だ った。問題は処理速度だけではなかった。

 高校では物理部に所属した。簡易風洞を製作して空気の流れを可視化したり、ラジコンロボ ットを作ったりして遊んでいた。将来の進路も漠然と物理、電気、機械あたりを考えていた。あるとき、図書館で「中学生にわかる相対性理論」という本を読んだ。全然わからなかった。このとき物理学科に行くという選択肢が消えた。

 思うように成績が上がらず、ぼやいたことがあった。「もっと明晰な頭脳があればなあ」と。ぼやきを聞いていた父はこう言った。「すまんねぇ。まあ、持ってるもので何とかしてくれや」。以来、この言葉は座右の銘となった。

 3年生になると、なぜか生物学が無性に面白くなった。工学部に行くか、生物学科にするか真剣に悩んだ。その悩みを率直に担任(物理部顧問でもあった)に打ち明けた。長時間、話につきあっていただいた。最後に言われたのは「お前の発想は工学向きだ」であった。


(すがわら けん)
1987年 宮城県仙台第一高等学校卒業
1992年 東北大学工学部電気工学科卒業
1997年 東北大学大学院情報科学研究科博士課程後期修了博士(情報科学)
日本学術振興会特別研究員
電気通信大学大学院情報システム学研究科助手 を経て
2004年 東北学院大学教養学部助教授
(2007 年職位読み替えにより准教授)
2013年 東北学院大学教養学部教授

 結局、電気を学ぶべく工学部に入学した。当時、学科別ではなく、学部として一括募集していた。したがって行きたい学科に進むためには1年次にそれなりの成績を修める必要があった。あいにく大病で入院することになり、前期単位の取得が困難になった。進級できないわけではなかったが、当時、人気が高かった電気系への進級を目指して、1年留年することにした。

 生物に対する興味も持ち続けていたため、プレゼミという有志向けプログラムのひとつに参加し、そこで脳神経系について学んだ。実習としてカエルの脳や神経系の解剖も行った。そこで自分の不器用さを実感した。脳神経外科医になっていたら、今頃たいへんなことになっていたにちがいない。

 3年次後期には、研究室配属調整会があった。当時、希望者が定員オーバーした場合、成績は一切関係なく、じゃんけんで決めるルールにな っていた。自分が希望する研究室は定員オーバ ーだった。どうなることかと思ったが、幸い勝ち抜くことができた。前日に大崎八幡宮で必勝祈願のお参りをしたのが効いたのだろう。ちなみに、秀才だったサークルの先輩は、じゃんけんに負けて失意のうちに雷の研究をすることになった。その際「人生における幸福の積分値は皆同じはずである」という名言を残した。

 所属したのは非線形物理を専門とする研究室だった。知的刺激が多く、実に面白いところであった。研究テーマも多岐に富んでいた。同期の学生のテーマを並べるだけでもヒドラの形態形成、液晶対流、水銀乱流、ガラスのひび割れ実験、乾燥破壊、生体神経活動計測、人工神経回路など、どれも興味深い研究だった。

 修士まで人工脂質膜の自励発振現象の研究に従事した。実験に必要な人工脂質は自前で合成した。あるとき薬品会社に主物質を小瓶でオーダーしたところ、先方のミスで大瓶が納品された。支払は小瓶の価格のままでよい、とのことで一瞬喜んだ。が、それは朝から晩まで365日実験しても、使い切るまで70年かかるほどの量ということが分かり、一転、途方に暮れた。

 博士課程では研究テーマを大きく変更することにした。人工脂質膜の研究に明るい未来を見出せなかったからである。1年近くテーマ探しでさまよった結果、たどり着いたのが“群知能” だった。群知能とは「群れることで発現する高度な機能」のことを指す。今でも個人研究のキーワードのひとつは「群れ」である。

 群れの面白さは「個体同士および環境との相互作用によって、単なる集合体以上の働きを示し得る」という特性にある。生物には、この特性を活かしている現象が様々な階層で見られる。工学諸分野でもこの特性を活かすような応用が試みられているが、その成果は生物の足元にも及ばない。群れは「仕組みを知り、理解を深める科学」としても、「仕組みを応用して、役立つ人工物を作る工学」としても、十分な魅力をもつ研究対象である。

 現在は、ささやかながらも、群れの科学と工学の両方に従事している。実験室の一角ではアリを飼育し、行動学的視点でアリの群れ行動を研究している。別の一角では電子部品や工具を散乱させながら、協調動作を目指す群ロボットや研究に必要な小物を作っている。机の下に置いてあるパソコンも「王手飛車取りで飛車逃げる」の時代からは想像がつかないほど性能が向上したおかげで、必要とする画像解析やシミュレーションが遂行できている。十分とは言い切れないまでも、自分のやりたいことがそれなりにできる環境になっている。

 ただ、残念ながら研究の進みは年々遅くなっている。「時間がない」、「マンパワーがない」、そして何よりも、あいかわらず「明晰な頭脳がない」からである。ないないづくしで嫌になることもある。でも、ぼやいていても仕方がない。これからも「まあ、もってるもので何とかする」精神を忘れずに研究生活を楽しんでいこう。



※ このページは、2015年3月刊行の『人間情報学研究 第20巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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