研究員紹介
松原  悟(教養学部地域構想学科)
コーチング



 スポーツ科学の範囲は広く、2014年8月岩手大学において開催された体育学会を例に取れば、専門領域だけで14領域の発表が行われました。体育哲学、体育史、体育社会学、体育心理学、運動生理学、バイオメカニクス、体育経営管理、発育発達、測定評価、体育方法、保健、体育科教育学、スポーツ人類学、アダプテッド・スポーツ科学、介護福祉・健康づくりです。これらにスポーツ種目を加えますと、その多様さが推測されます。私の所属する体育方法はコーチングと関わりのある分野です。

 学生時代には、専門種目専攻、学問上の専門領域を選択するのですが、私は専門種目をサッカー、専門領域では体育方法(大学では「コーチング」という名称)を選択しました。サッカ ー競技の競技力向上がスポーツ科学に踏み込むスタートでした。

 研究も競技力向上も大きな転機を迎えましたのが、1993年のJリーグの誕生でした。それまでは企業プロは存在してもプロスポーツといえば野球しかなく、その後のスポーツ環境が大きく変化しました。20年の経過で、仙台だけでも、プロ野球、男女サッカー、フットサル、バスケ ットボール、バレーボール、プロレスと多くのプロスポーツ団体が仙台を拠点に活動しています。スポーツの付加価値が検討され、地域の経済、コミュニケーション、地域づくり等と結びつき、注目される産業分野に育っております。産業として自立していくには、成果(勝敗や成績)、コストパフォーマンス(選手の獲得や育成)などが求められ、ようやく「コーチング」という地味な作業も注目を浴びるようになりました。


(まつばら さとる)
1976年 栃木県立宇都宮高校卒業
1980年 筑波大学卒業
2014年 東北学院大学教養学部 教授

 スポーツ・コーチングにおいては、各スポーツの「技術」「戦術」「体力」「精神力」を理解することが第1歩となります。バイオメカニクスを使っての動作分析、ビデオを使ってのゲーム分析、各種体力測定、メンタルコントロール等々、客観的に分析し、向上や改善をはかっていくかが重要課題であります。そして、何より重要なことは、現場に反映させるということになります。

 例えば、2014年W杯MVPのアルゼンチン代表メッシ選手は、世界最高のプレーヤーといわれています。特徴はドリブルです。何故メッシ選手はボールを奪われないのかということが課題となるわけです。これを一般化する必要があるわけです。メッシ選手にしかできないことであると現場に反映されないわけです。彼の特徴は、同側対応のドリブルと考えています。右足でボールをタッチしながら、右手も対応することで、身体全体でボールを保持しています。そのため、小さな体でもボールを失わないドリブルが可能なのではないか考えるわけです。日本での「忍者走り」「飛脚走り」に似て「二軸走法」といわれる技術です。これは体幹トレーニングにもつながるもので、現在多くのトレーニングで活用されています。このように、観察する目とそれを客観的に証明していくことがコーチング研究の基本となります。

 一方で、昨今は「コーチング」が広くとらえられてきております。「企業コーチング」「子育てコーチング」など○○コーチングという、従来の「スポーツ・コーチング」と全く異なった分野でも「コーチング」を使うようになってきました。「コーチ」(COACH)とは馬車を意味し、馬車が人を目的地に運ぶところから、「コ ーチングを受ける人(クライアント)を目標達成に導く人を指すようになったと言われています。日本では「コーチング」は「スポーツ・コーチング」をイメージすることが主でしたが、言葉本来の意味を取り戻したということでしょうか。

 ビジネスや個人の目標達成の援助をするということが「コーチング」となってきました。

 コーチングのプロセスは、セットアップ→目標の明確化→現状の明確化→ギャップの原因分析→行動計画の作成→フォローアップを一工程としていますが、クライアントとのコミュニケ ーション能力、現状を分析する客観的思考力など観察力や洞察力が求められる作業です。今後は職業としても社会進出がますます期待される分野であります。古典的には戦前のドイツや日本で見られたスポーツを通じて、従順で頑強な身体作りを行い国家に忠実な人材を育成しようとされてきました。この人間教育から脱却して、新たな認識が生まれてきていると言えましょう。

 東日本大震災で我々は未曾有の経験をしました。スポーツの果たす役割は、直接的なものでなく間接的なものでしかないのかとの無力感も感じました。神戸市では阪神高速道路の近くの山岳地に三木防災運動公園を建設しました。広大な敷地に、各種の防災施設、備蓄施設を建設し、天災に備えていますが、併設して広大な運動公園もあります。平時の運動行動が避難訓練にもつながるものではないかと考えられます。現在仙台市スポーツ振興課に提言しておりますが、宮城野原に防災施設を建設すると同時に運動公園を充実させることで、各種スポーツ大会の開催が、同時に避難行動にもつながるものと確信しています。行政の財政問題にも関わりがあるのですが、是非実現してほしいものであると粘り強く提言しております。

 スポーツへの認知度が高まり、20年前に「スポーツは文化だ」と叫んでも共鳴いただくことは少なかったのですが、様々なスポーツ活動は、この20年間で「スポーツ文化」を認知度の高いものにしてきました。しかしながら、確立したとは言い難いものです。スポーツは総合科学であり、様々な事柄とつながることが可能です。人間教育、地域や街づくり、経済効果、健康社会等々と連携していくことが可能な学問分野といえるでしょう。研究と現場が結びつきやすいことも強みです。スポーツ界のみの理論と研究にとどまることなく、他の研究分野を応用しつつスポーツと社会に貢献していきたいものです。



※ このページは、2015年3月刊行の『人間情報学研究 第20巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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