研究員紹介
鈴木 努(教養学部人間科学科)
ネットワークの社会学を目指して



 私は 1974 年に福島県いわき市で生まれ、高校卒業後一年の浪人生活まで過ごしました。大学入学のために東京に出て、結局 19 年間東京にいましたから、福島で生まれ育ったのと同じ期間だけ東京にいたことになります。東京都立大学は 2011 年に廃止されましたが、私が入学した当時は目黒から八王子のキャンパスに移転して数年目で、自由な雰囲気とのんびりした空気が漂うのどかな大学でした。

 大学では後に指導教員となる高橋和宏先生の授業でAmerican Journal of Sociology の論文を読み、社会学に興味をもつようになりました。論文の内容は、社会主義政権の崩壊やイラン革命のような大きな社会変動が、ときに運動主体の予想を超えて生じうるのはどのようにしてかを論じたものでした。諸個人の行動の集積の「意図せざる結果」としてマクロな社会変動が生じるという話に感じた面白さは、今でも私の社会学的関心のもとになっているように思います。

 卒業論文と修士論文では知的障がい者施設の建設に反対する自然保護運動について聴き取り調査をしました。またその問題について報じる新聞記事の内容分析に取り組むうち、コンピュ ータによるテキスト解析に興味をもつようになりました。社会学においてテキストマイニングの手法を用いることは今ほど一般的ではありませんでしたので、情報系の研究の見よう見まねでした。大学院では高橋ゼミの他の学生・院生らといっしょにテキスト中に現れる概念間のネ ットワークや秋田県のある自治体の有力者間ネ ットワークを分析するという研究をしていました。


鈴木先生の写真
(すずき つとむ)
1993年 福島県立磐城高等学校卒業
1998年 東京都立大学人文学部社会学科卒業
2000 年 東京都立大学大学院社会科学研究科社会学専攻修士課程修了
2006 年 東京都立大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学
2010年 博士(社会学)東京都立大学東京工業大学 留学生センター産学官連携研究員
2011年 情報・システム研究機構 新領域融合研究センター(国立情報学研究所)融合プロジェクト特任研究員
2013年 東北学院大学 教養学部准教授

 ネットワーク分析はグラフ理論や線形代数と結びついた、社会学では数十年の歴史をもつ分析手法ですが、社会統計学が SPSS などのソフトの普及によって利用しやすくなっているのに比べると敷居が高いものでした。行列計算やプログラミングが比較的容易にできるソフトとしては Mathematica がありますが、個人で導入するには高価でした。そんなときに見つけたのがフリーソフトのR でした。R は独自の言語をもつ統計解析用ソフトですが、ネットワーク分析やテキストマイニング用のパッケージも公開されています。R は私にとってまさに「やりたいことは何でもできる」道具になったのです。しかもタダで!

 その後、首都大学東京でのR によるネットワ ーク分析の授業をもとに『R で学ぶデータサイエンス 8 ネットワーク分析』(共立出版)というテキストを出版する機会があり、社会学以外の分野の研究者や学習者にも読んでもらえたのは幸いでした。それが東京工業大学や国立情報学研究所で社会言語学や社会情報学といった他領域の研究者のもとでポスドクとして研究することにもつながったのではないかと思います。

 東工大では、受講者アンケートの概念ネットワーク分析による授業改善の方法や複数のステ ークホルダーによる話し合いを可視化する方法の研究を行いました。情報研では「人間関係向上計画」というAndroid 携帯電話用のアプリを用いた社会調査およびフィールド実験を行いました。これらの研究は共同研究として現在も継続しています。

 東日本大震災では福島県も被災地となり福島第一原子力発電所事故の影響は依然続いています。私の場合、被災地を支援するというスタンスでの研究は特に行っていませんが、これまでの研究の延長として福島や東北に関わる研究に取り組んでいます。

 一つには、いわき市で放射線の低線量被曝の問題に取り組む市民活動について調べています。空間線量や農作物の放射線量を市民が自主計測する活動は日本各地で行われていますが、福島を中心とした東北・関東の人々にとって、「放射能を避ける」ことは自分たちの土地や地元の農作物を忌避することにつながるという複雑な状況があります。特に食の問題は、家族内での考え方の齟齬や給食をめぐる学校や地域との関係など、個人の選択の問題には帰せない部分があります。リスクに関するコミュニケーションは教育や啓発という次元ではなく日常生活に直結した問題として重要性を増しています。そこで私が注目しているのは震災後に行われた市民間のコミュニケーションです。ある市民活動のSNS の日記のログから放射線に関するコミュニケーションを「誰と誰が」「どんな言葉で」行 ったのかネットワーク分析の手法を使って明らかにしようとしています。方法的には社会ネットワークと概念ネットワークを結合させて同時に分析する手法について考えています。

 また、原発事故や放射能に関する人々の不安にはどのような要因があるのか、社会調査の公開データなどを使って統計的に分析をしています。これには、放射能の問題に関心をもって知識を得るほど不安になるという仮説と、逆に不安が軽減されるという仮説の二通りが考えられますが、現在のところ明確な分析結果は得られていません。そのような単純な関係では表せない要因間の構造を考える必要があるようです。また、不安を個人レベルの現象でなく人間関係のネットワークを通じて表れるコミュニケーシ ョンとして捉える必要性も感じています。今後は不安の測定方法なども再検討し、調査と分析を進めていきたいと考えています。

※ このページは、2014年3月刊行の『人間情報学研究 第19巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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