研究員紹介
菅原 真枝(教養学部地域構想学科)
老人ホームをどう見るか



 私が老人ホームの存在を初めて意識するようになったのは、大学院生のときである。指導教官であった永井彰先生(東北大学文学部社会学)の農村調査に同行して、地域医療・福祉の現地視察をしたのがきっかけだ。それまでの私は、ドイツの社会学者ユルゲン・ハーバーマスの原典を読み解くことに1日のほとんどを費やしていた。教養の少ない私には彼の理論の背景とな っている思想や哲学の系譜がわからず、単語のひとつひとつが理解できないうえに、それが組み合わさった文章をパズルのように分解して解釈するのはまるで雲をつかむような作業だった。一生かかっても理解できそうにない難解な理論を目の前にして、ただ翻訳をコツコツ続けるしか、道はなかった。

 そんなとき長野県南佐久郡川上村の老人ホームでみた光景は、いまでも目に焼き付いている。生きているはずなのに死んだような目をした老人が、その震えた手で背後から私の上着を引っ張ってくる。言葉にならない唸り声で何かを訴えようとしている。だがそれに付き合っている時間はなく、会釈でごまかしてその場を立ち去るしかなかった。別の棟では畳の上にマットレスがひとつ敷かれている。ほかには何もない。枕も毛布も、生活用品も何一つ見当たらない。なぜか上履きがポツンと置かれているだけだ。この部屋の住人はいまいったいどこにいるのだろう。そこには生きた人間の匂いはまったく感じられなかった。それまで一度も見たことのない世界が、そこには広がっていた。老人ホームという場所をどう理解していいのか、そのときは見当もつかなかった。それはハーバーマスの世界がなかなか理解できない苦しみに似ていた。


菅原先生の写真
(すがわら さなえ)
1991年 山形県立西高等学校卒業
1996年 福島大学行政社会学部卒業
2001年 東北大学大学院文学研究科博士課程修了
2003年 東北大学大学院文学研究科助手
2005年 東北学院大学教養学部助教授

 その後、私はユニットケアという施設介護の方法と出会う。入居者を 10 名程度のグループに分けて決まった職員が介護にあたり、ひとりひとりに合わせた個別的なケアが可能になるというものだ。2001 年、全国セミナーが仙台を会場にして開催され、全国各地から新しい介護に関心の高い施設関係者が集結した。この運動の成果もあって翌年には全室個室・ユニット型という建物の造りに国の補助金がおりることが決まり、大きな盛り上がりをみせた時期であった。宮城県内でも全室個室・ユニット型の施設が初めてオープンするということで富谷町の特別養護老人ホーム「杜の風」に通うようになった(2001 年6 月開所)。入居者の介護をするのではなく生活を支援するというコンセプトで、しかも町内会組織や民生委員などとの連携を図り、地域との関わりを重要視している施設であった。「杜の風」を事例として老人ホームと地域社会との関係を考えるようになったことは、私が本学教員に採用されたきっかけにもなった「。杜の風」との関係はいまでも続いている。

 いまでは、老人ホームは私にとって特別な場所ではなくなっている。「お話をうかがいたい」と言うと怪訝な顔をされることは多いが、誰の許可を得れば中に入っていいのかの決まりがあるわけでもないということを経験的に知った。初めての老人ホームでも躊躇せずに足を踏み入れて、職員に軽くあいさつをして入居者の生活の様子を記録する図々しさも身についてきた。入居者にこちらから積極的に話しかけることは基本的にはせず、入居者と同じ目線で同じ風景を見つめ、同じ気持ちで時間を過ごすようにしている。

 ハーバーマスのいう「生活世界」や「コミュニケーション行為」という観点から、老人ホームを客観的に見ることができるようにもなってきた。老人ホームには、認知症のため思うように会話ができない人がいる。職員との関係は介護する-されるという非対称な関係になりやすい。しかしそこには多様なコミュニケーションの可能性が広がっている。こうして現場でモノを考えることは、ハーバーマス理論を読み解くヒントを与えてくれる。その意味では、老人ホ ームとの出会いは、私の研究者人生にとって大きな転換点となった。

 だがいまでもなお、老人ホームという場所をどう捉えていいのかについて、私は明確な答えを見出せないでいる。思うように体は動かず、誰かの手を借りなければトイレにも行けない。無言でもぐもぐと食事を口に運ぶ。部屋の隅に向かって5 年前に亡くなった配偶者の名前を呼ぶ。生きる意味を失い、いつ来るかわからない死を待つだけの毎日を過ごしている。そんな人々が数十人も同じ場所に身を寄せている。もちろん楽しみもある。廊下の片隅には植木鉢がひとつあって、陽だまりのなかで小さな花を咲かせている。毎日水やりを欠かさない人がいることを教えてくれる。喜びも悲しみも、笑いも怒りも、人生を生きるうえで経験するであろう感情のすべてがぎゅっとつまった場所なのだ。

 私の関心は、老人ホームに住む人はもちろん、そこで働く人たちにも向かうようになった。「杜の風」では開所以来、のべ 100 名以上の職員が入れ替わっている。高卒や大卒の若手職員は、結婚や出産のほか、仕事内容についていけないなどの理由で辞めていく者も多い。「杜の風」では正規雇用のほかに、パート、アルバイト、最近では派遣社員も採用し、人材の確保にあてている。そのなかで「杜の風」の 10 年を支えてきたのが、パート採用の主婦たちである。離職の激しい若手の正規職員の教育者となり、施設理念の伝承と具体的なケア技術の再生産を可能にしているのである。介護職員の場合、正規雇用に比べて非正規雇用のほうが離職率が大幅に高いとされる(介護労働安定センター2012『平成 23 年度介護労働実態調査』)なかで、「杜の風」のケースはどのように考えたらよいだろうか。

 これからも老人ホームをいろんな角度から見てみたい。ハーバーマスと同様、その正体を掴み取って自分の腑に落ちるまで、一生かかって付き合ってみたいと思っている。


※ このページは、2013年3月刊行の『人間情報学研究 第18巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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