研究員紹介
金井 嘉宏(教養学部人間科学科)
治療効果の高い精神療法の開発を目指して



 1978 年選抜高校野球大会(春の甲子園)において投手として完全試合を達成した松本稔氏が野球部の監督を務める前橋高校で野球をやることを中学時代から目指していました。無事入学した後,甲子園を目標に打ち込んだ野球での経験からスポーツ心理学に興味をもちました。しかしながら,「スポーツ心理学でメシを食べていくのは厳しい」という松本先生の助言から,広く心理学を学べる大学を選び,そこで臨床心理学に出会いました。

 臨床心理学は,うつ病や不安障害,統合失調症,摂食障害といった精神疾患や心理的な不適応状態の改善を目指す学問ですが,中心的な領域が精神療法の開発と実践です。精神療法には,さまざまな方法がありますが,大学時代の恩師が認知行動療法という方法を専門としており,私も認知行動療法を学ぶようになりました。認知行動療法は,個人の行動や認知(考え方)に焦点をあて,それらを体系的な方法で変えることによって気分や身体症状の改善を目指します。

 認知行動療法は多くの精神疾患や不適応状態に対して有効であることが実証されている治療法です。2010 年にはうつ病に対する認知行動療法が診療報酬の対象になりました。うつ病に対する治療は薬物療法が中心ですが,その治療効果を維持していくために,認知行動療法が重要な役割を果たします。NHK スペシャルなどのテレビ番組においても,多くの抗うつ剤を処方されて薬漬けになっている患者さんが多いという問題が提起され,認知行動療法が紹介されました。認知行動療法を受けることを求めて医療機関を訪れる患者さんも増えています。こうした現状からも,大学時代から現在まで,認知行動療法を専門とすることができたことはよかったと思っています。


金井先生の写真
(かない よしひろ)
1997年 群馬県立前橋高等学校卒業
2001年 新潟大学人文学部卒業
2003年 早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了
2006年 北海道医療大学大学院看護福祉学研究科博士後期課程修了
2006年~2011年 広島大学大学院総合科学研究科 助手を経て助教
2011年 東北学院大学教養学部 講師
2012年 東北学院大学教養学部 准教授

 私は,不安障害に対する認知行動療法の効果発現メカニズムを明らかにする研究や,治療効果を高めるための新たな治療技法の開発を行ってきました。不安障害の中でも,対人不安が強すぎて日常生活に支障をきたす「社交不安障害」に関する研究を行っていました。人前でスピーチするときや人と会話するときに緊張することは多くの人が経験しますが,その不安が強くなりすぎて,苦痛をもって対人場面を堪え忍んだり,対人場面を回避するようになって生活に問題が生じると「社交不安障害」と診断されます。この社交不安障害に対しても,他の精神療法に比べれば認知行動療法が有効ですが,その治療効果はまだ十分ではありません。

 治療の基本はエクスポージャー(暴露法)という技法を用います。この技法は,怖いと思っている対人場面に患者さんを直面させる方法です。エクスポージャーを行う前には,十分な心理教育を行います。恐れている場面に直面したときには不安が強まりますが,その場から逃げたり,回避しなければ不安は自然に弱まるという,不安のメカニズムについて教示します。また,恐れている不安場面を複数あげてもらい,それぞれの場面について不安の強さを 0~100%の尺度で評定した後,不安の強さが中程度の場面からエクスポージャーを行います。エクスポージャーを行うことによって不安は自然に弱まることを経験し続けると,多くの患者さんの症状は改善します。

 私はこのエクスポージャーの治療効果を高める研究を大学院生の頃から一貫して行ってきました。社交不安障害の患者さんは人前で震えたり,汗をかくといった身体症状が生じてそれを周囲の人に気づかれ,「弱々しい人」「情けない人」というように否定的に思われることを恐れています。その結果,そうした身体症状に対して過剰に意識を向け,身体症状が他者に気づかれる程度を過度に考えるようになります。そこで,対人場面に直面するエクスポージャーの様子をビデオに録画し,患者さんにその映像をみてもらうビデオフィードバックという技法を実施し,その効果を調べました。ビデオフィードバックを行うことによって,自分が思っていたほど震えているようには見えないこと,汗をかいているようにはみえないことに気づき,不安感や心拍数も弱まることが明らかになりました。ビデオフィードバックをエクスポージャーと併用することによって,身体症状に対する患者さんの認知(考え方)の歪みを早期に修正し,負担の大きいエクスポージャーの回数を減らすことができるのではないかと考えています。

 最近では機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた脳科学研究や神経科学の研究がさかんに行われ,臨床心理学の領域にも取り入れられています。エクスポージャーを行っているときの脳機能も少しずつわかってきました。先行研究によれば,エクスポージャーを行うときに脳の前頭前野(特に腹内側前頭前野)を活性化させることによって,エクスポージャーの効果が高まるのではないかと考えられます。私は,前頭前野を効果的に活性化させる技法を開発し,エクスポージャーと併用することによって,より負担が少なく,効果の高い治療ができるのではないかと考えて研究に取り組んでいます。

 仙台に来てから,認知行動療法の適用を求めるスポーツ選手のカウンセリングを行うようになりました。これまで臨床心理学の道で歩んできましたが,当初の目標であったスポーツの領域にも少しずつ貢献していけたらと考えています。そして,認知行動療法が東北地方でも広まり,多くの患者さんが有効な治療を受けられるように努めて参りたいと思っています。


※ このページは、2013年3月刊行の『人間情報学研究 第18巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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