研究員紹介
萩原 俊彦(教養学部人間科学科)
キャリア選択への動機づけからのアプローチ



 私は発達心理学,教育心理学を専門としています。特にこの分野の中でも動機づけと,大学生のキャリア選択(進路選択)を中心に大学院以降の研究を進めてきました。

 青年期は自分の価値観や信念,進路について真剣に考える時期です。こうした自己への問い直しが迫られ,それにかかわる問題が集約されてくるのが大学生のキャリア選択であると考えられます。大学を卒業する時点で一つの職業を選択することは,人が生涯にわたって取り得る様々な立場や役割のつながり,また,自己と働くこととの関係づけや価値づけの累積としてのキャリアを構築する上で,きわめて重要です。

 一方で,大学生の就職活動は一斉に雇用市場が開放され,そのタイミングに乗り遅れてしまうと本人にとって望ましい就職機会が得にくいという点で時間的制約が厳しく,有利な形での再挑戦も難しいものになっています。こうした点を考えれば,大学生のキャリア選択は人格的成長のきっかけにも,また,挫折や社会的排除といった危機にもつながりうるライフ・イベントであるといえるでしょう。


萩原先生の写真
(はぎわら としひこ)
2009年 筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科心理学専攻修了 博士(心理学)
2010年 東北学院大学教養学部 講師
2012年 東北学院大学教養学部 准教授

 特に,将来の職業に関する展望が持てず,職業を決定しない・できないという職業未決定の問題や,大学生が卒業して就職した後,3 年以内に離職する率が3 割台の高い水準にある状況が 2000 年代以降続いていることを鑑みれば,現在の大学生はキャリア選択やその後の適応に問題を抱えていると考えられます。

 こうした状況下で私が注目してきたのが,キ ャリア選択において好きなことや自分のやりたいことを仕事に結びつけて考える「やりたいこと志向」でした。この志向は現在の若者に広く支持される志向ですが,やりたいことへのこだわりで自分の状況を客観視できなくなったりする弊害も指摘されています。さらには,就職活動中に否応なく「やりたいこと探し」を迫られることで,自己分析に取り組んではみるものの,結局何をしたいのかが見つからず就職活動を続けられなくなり,結果として職業未決定に陥るといった事例も報告されています。

 このやりたいこと探しの問題を,キャリア選択の場面で何を重要視するのかという動機づけの問題としてとらえたのが私の研究です。大学院時代の博士論文は,大学生のキャリア選択におけるやりたいこと探しの動機を,自己決定理論の観点から明らかにし,キャリア選択との関連,特に職業未決定との関連を検討することを目的としたものでした。

 自己決定理論は,従来二項対立的に捉えられてきた外発的動機づけ-内発的動機づけを,相対的な自己決定性の違いから連続的に捉えることを提唱した動機づけ理論です。つまり,「誰かにやらされるからその行動をする」か「その行動自体が楽しくて仕方ないからする」という両極端な形でしか表現できなかった動機を,その行動がどの程度自分自身の自由な選択によるものと認知しているかによって,もっとグラデーションのあるものとして丁寧に捉えようとするのがこの理論の特徴です。

 この理論に基づいて,大学生がどれだけ自己決定的な動機でやりたいこと探しをしているか検討を行った結果,やりたいこと探しの動機は,自己の充足感を高めるためという「自己充足志向」動機,自分の社会的立場を安定させるためという「社会的安定希求」動機,周囲の人間に追随するためという「他者追随」動機という 3側面の動機から構成されることが明らかとなりました。また,上記3 つの動機づけで個人のやりたいこと探しの動機づけパターンを類型化して検討した結果,非自己決定的な「他者追随」動機が優勢である群は,進路不決断の面でも様々な問題を抱えている可能性が示されました。

 これによって,キャリア選択に向かう大学生の中には,やりたいこと探しに関して社会から「やらされている」と感じている者がいることが示唆されました。従来の研究において,やりたいこと探しの全てが自発的とはいえない,やりたいことを持てという圧力がある,といった指摘は論考としては存在しましたが,実証的検討を行なった研究は当時まだありませんでした。私の研究は,こうした「やらされ感」もしくは「圧力」と称されるものを,自己決定性の低い動機として測定可能な構成概念とした研究として位置づけられるでしょう。

 また,やりたいこと探しの動機の個人差によ って未決定との関連を検討していくことによって,やりたいこと探しで職業未決定に陥る人の具体的な人間像が想起しやすくなりました。これにより,やりたいこと探しへのこだわりによ って職業未決定に悩む人たちへの介入を考える糸口を提供できると考えられます。

 大学院在学中は,私自身が職についていない大学院生の身分であったこともあり,この研究テーマへの自我関与が強くなって苦しくなることもままありましたが,定職を持つ身となった今は落ち着いて,少し距離を置いてこのテーマに取り組めるようになりました。現在はやりたいこと探しの動機と具体的な探索行動との関連などを検討していますが,データの蓄積が進んだこともあり,今後はこれまで行なってきた動機の類型化の再検討を行ないたいと思っています。また,やりたいこと探しの動機を規定する要因として,階層意識といった社会意識との関連も検討していきたいと考えております。


※ このページは、2013年3月刊行の『人間情報学研究 第18巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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