研究員紹介
坂内 昌徳(教養学部言語文化学科)
認知科学としての第二言語習得研究



 「何年学校で勉強しても英語は話せるようにならない」とか「日本の英語教育はおかしい」とか、これらに類した批判は昔から英語教育に向けてなされており、現在ではいわゆる普通の日本人がなぜ英語をこれほどまでにできないのかということも議論されてきています。私の専門とする研究分野は言語学の中でも第二言語習得の分野で、この「なぜできないのか」という問題について考える分野であると言っても言い過ぎではないと思われます。私は公立高校の英語教員として毎日を過ごす中で、生徒たちは教えたことを教えた順番に出来るようになるわけではないことや、逆に教えていないことでも分かっているような場合もあることに気づきました。「なぜなのか」と疑問を抱きはじめ、独学では飽き足らず、イギリスに渡って大学院で学びました。そこで第二言語習得研究の世界の第一線で活躍している研究者たちに出会い、この分野の研究に惹かれ、その後は引き続き英語教師として英語を教える傍らで日本人学習者の英語について研究してきました。

 日本語を母語とする人が英語を習得しようとする場合のように、ある人が第二言語を習得するということは、「ネイティヴスピーカーに付いて練習したらできるようになる」などと世間一般が「常識」的に考えているほど単純なことではありません。言語習得について議論するには、まず言語の仕組み、つまり我々ヒトの言語能力(以下「自然言語」と呼ぶ)というのはどのようなものなのか、ということを理解しなければなりません。このこと自体が言語学の諸分野における主要な課題であり、今なお究明が続けられているのですが、これまでの研究から自然言語はおおよそ図(1)のような体系を成していると言われています。詳細は割愛せざるを得ませんが、ここで大事なことは、言語が形式(形態・音韻)と意味をつなぐ仕組み(広義の文法)としてとらえられるという点です。つまり、ある文の意味を理解したり、自分が伝えたい内容を文として産出したりするためには、この仕組み(=文法)を使用しなくてはいけないということです。

坂内先生の写真
(ばんない まさのり)
1985年 福島県立会津高等学校卒業
1989年 岩手大学人文社会科学部卒業
1989年 福島県公立高等学校教諭
1997年 University of Durham, M.A.(Applied Linguistics)
1999年 国立福島工業高等専門学校専任講師
2002 年 同 助教授(2007 年職位読み替えにより准教授)
2008 年 東北大学大学院情報科学研究科博士課程後期修了 博士(情報科学)
2012年 東北学院大学教養学部准教授

   
 母語の場合、通常どの言語コミュニティーであっても子供は生後 2~3 年で母語の文法の大方を獲得してしまうことが分かっています。また不運にしてある一定の年齢まで言語による周囲との相互交流がなかった場合には母語獲得が不可能になることから、言語獲得には臨界期が存在することも知られています(例:Curtiss 1977)。第二言語の場合には、当然ながら母語獲得とは状況が大きく異なります。多くの場合、第二言語学習者は言語獲得の臨界期を過ぎてから第二言語習得を開始しますし、そもそも言語習得を支えてくれる周囲の言語コミュニティーが(特に日本で英語を習得する場合のような外国語習得環境においては)ありません。しかし、少しでも習得した第二言語を使用するとき、その第二言語はやはりヒトのコミュニケーションに使用可能である自然言語であるとすると、母語(第一言語)について提唱されている図(1)の仕組みは第二言語にも当てはまることになります。こう考えると、第二言語習得では図(1)の言語の仕組みはそのまま使用しながら、母語と異なる目標言語のLexicon に含まれる語彙項目を習得することが大きな部分を占めると言うことができます。それぞれの語彙項目にはその語が持つ形態的、音韻的、統語的、意味的な情報が束にな って含まれていると考えられますが、第二言語習得ではこれらの情報を全て正しく使用できるようになるのに様々な困難があるというわけです。

 この「困難」や問題がどこからくるのかを明らかにするのが第二言語研究の目的であるわけですが、これまでの研究で、少しずつ正しくできるようになることと、習得レベルがかなり高くなっても間違いを続けることがあるということが分かってきています。例えば三単現の-s は、中学校で英語を習い始めた頃に教材に導入されると、その後学習者が目にし、耳にする言語資料に豊富に含まれている項目です。しかし、少なくとも日本人英語学習者の場合、これが正確に使用できるようになることは極めて難しいことが分かってきました。よく「日常会話くらいはできないと」などと言いますが、多くの人が経験しているように、頭でわかっていることも実際に英語で話すとなると、その通りにはなかなかいかないものなのです。第二言語習得研究で問題にするのは、この第二言語学習者の中で起きている無意識の知識の構築なのです。しかし、この無意識の知識の構築には「頭でわかっている」(顕在的な)知識の関与も否定しきれません。このように言えば、第二言語習得研究がヒトの持つ認知能力の解明に寄与する分野であることが少しご理解いただけるのではないでしょうか。


※ このページは、2013年3月刊行の『人間情報学研究 第18巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


|18巻に戻る