研究員紹介
加藤 健二(教養学部人間科学科)
空間認知、VR そして「おいしさ」



空間認知
 卒論はOlton 型迷路(放射状迷路)を使ったネズミ(ラット)の空間記憶における系列位置効果に関するものであった。それとどうつながったのか今では定かではないが、大学院からは、人間の空間認知に関する研究を続けてきた。

 
大規模空間、つまり一視点からは全体を見通せず、移動によって全体が把握できるような空間に関する情報を、われわれはどのようにして理解し、記憶し、利用しているのか。(こうした大規模な空間の中に、より小さな空間、例えば身体周囲空間などが入れ子となっているのはもちろんである。)心理学では認知地図(cognitive map)、都市計画では都市のイメージ(the image of the city)、地理学では心的地図(mental map)や場所(place)といった概念で語られてきた対象である。私は当初から、「頭の中の地図」という静的なイメージを脱却して、動的な側面、つまりプロセスに着目すべきだと考えていた。Cognitive map ではなく cognitive mapping なのだと、そんなところに拘っていた。ルート学習から対象空間全体の知識(サーベイ知識と呼ぶ)が獲得される過程を車内から撮影した映像を用いて実験的に分析したり、既知の地理空間内の距離関係を判断する場合でも、判断している場所や向きが違うと判断結果が異なることを示したり、地図描画過程を分析して、このプロセスは単に頭の中の地図をコピーするような静的なものではなく、描く目的や条件によって柔軟に変化するものであることを示したり、とにかく、われわれの持つ空間的知識の動的な特性をデータで示そうと躍起になっていた。

加藤先生の写真
(かとう けんじ)
1975 年 都立立川高校卒業
1979 年 東北大学文学部哲学科卒業
1985 年 東北大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)単位取得満期退学
1989 年 東北学院大学教養学部 講師
2001 年 同 教授

 一方で、空間認知処理過程の鍵と考えた準拠系、参照枠について検討してきた。対象の位置は何らかの座標系が設定されないと決まらない。人間の場合は、まず自分の身体の右手とか左後ろなどと定位する自己中心参照系があり、一方では、東西南北といった方位を用いる抽象的参照系がある。しかし他にも、川のむこうとか、駅の左、のように定位する固定的参照系も用いる。さらには、身体に関しても、頭の向きに規定される枠組みもあれば、手の向きに規定される枠組みも働いている。私達はこれらを時と場合に応じて巧みに選択し、組み合わせ、協応させている。あなたは自分の背中をどうとらえているか。実験によると、自分の後ろに位置する仮想の目から見ているようにとらえている。

 参照系の協応とは、つまりは複数空間の協応ということである。考えてみれば、われわれの生活している空間は同時進行している多様な空間の集合である。認知心理学者 Tversky はcognitive collage という概念を使っている。うまいと思うが、少々静的だ。そうした状況が生み出されるプロセスが知りたい。モデルはできていないが名前だけは考えた。「空間の多重メデ ィア理論」である。生理的基盤として前頭連合野(作業記憶の領域)を注目している。

ヴァーチャル・リアリティ(VR)
 大規模空間を対象とした実験をするとき、例えば移住者に定期的にインタビューして彼らの知識の変化をとらえるとか、町の模型を作ってその中を小型カメラで撮影し、その映像を呈示する(Aspen プロジェクトという研究が有名である)などの方法が使われる。私の初めての実験は、仙台市卸町の中を車載ビデオカメラで撮影した映像を使用したものだったが、早朝に撮影に行ったにもかかわらず通行人や車が制御できず(当たり前ですね)何度も取り直し、ある程度のところで手を打たざるを得なかった。

 しかし、ある時、櫻井先生の尽力で VPL 社のヴァーチャル・リアリティ装置が導入されることになった。これがあれば比較的自由に町を設計でき、その町を三次元で、しかも、観察者の頭の動きに即応させた映像を呈示できる。実際、櫻井先生との共同研究や自身の実験にもこの特徴を活用した。しかし、システムが大きく、HMD(頭部搭載型ディスプレー)も重く、決して使いやすいものではなかった。

 その後、在外研究の機会を得て、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校に滞在したが、そこでPCベースで動くVRシステムに出会った。帰国後早速、同じシステムを構築すべくいろいろな予算で機器を買い揃えた。これまでにこのシステムを使った実験をいくつも学会で発表し、卒業研究も多数行われた。震災でPC が落下し、筺体が欠けはしたが、現在でも健在である。

 VR を用いた空間認知研究は数多く行われているが、私自身の実験も含めて、鍵はどのような反応をデータとするか、である。認知プロセスの分析でよく用いられる反応時間分析はHMD 型の VR を使った呈示とは相性が悪い。このあたりの妙案が見出せると、VR を用いた空間認知研究の新たな展開が期待できる。

「おいしさ」の心理
 ここ数年、学生も巻き込みながら進めているのが「おいしさ」に関する研究である。踏み込んではいけないところに入り込んだという“後ろめたさ”と“わくわく感”がたまらない。

 誰もが感ずる「おいしい」という感覚について、その生理学的メカニズムは解明されていない。が、生理学的メカニズムだけでは説明できないことはわかっている。味覚、嗅覚、触覚といった直接「味」に関わる情報ではない様々な情報が関与している。記憶も関与している。現段階は、鍵となりそうな要因の当りを探っているところであるが、狙い目は扁桃体とのつながりをも含めて「前頭葉」(特に「眼窩前頭前野」)あたりかと思っている。

 かけ離れたことに手を出しているように見えて、結局、私の研究は前頭葉の機能から離れられないのかも知れない。


※ このページは、2012年3月刊行の『人間情報学研究 第17巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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