研究員紹介
星野 真樹(教養学部情報科学科)
微分方程式の記述する世界



 私は数学の中の解析学の一分野である、微分方程式に関する研究をしています。ここでは、釈迦に説法になる可能性があることをお許し頂くことにして、微分方程式に関するお話からはじめてみたいと思います。

 
微分方程式とは、未知関数とその微分で得られる関数、つまり導関数を含む関数方程式の一種であり、関数の独立変数が一変数の場合と多変数の場合があります。特に後者の場合、方程式に現れる微分としては、各々の変数に関する微分、すなわち偏微分を考えることになります。そのため両者を区別して考え、前者の場合を常微分方程式、後者の場合を偏微分方程式とよび、その背景にあるものはもちろんのこと、純粋な数学的対象としても両者では異なった様相を呈してくることが知られています。


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(ほしの まさき)
2009年 東北大学大学院理学研究科博士後期課程修了 博士(理学)
2008年 東北学院大学工学部非常勤講師
2009年 東北大学大学院理学研究科研究支援者
2011年 仙台高等専門学校非常勤講師などを経て現職

 また、研究対象である微分方程式は物理、工学、生物学、社会科学など現実の社会における現象に由来するモデル方程式である場合が少なくありません。具体的には、常微分方程式のモデルでは独立変数は時間を表すものとして考える場合が多く、古典力学における運動方程式やRLC 回路に由来する調和振動子の方程式などは有名ですし、人口増加や化学反応速度、個人消費の問題なども常微分方程式のモデルとして表現されるものがあります。さらに、これらは以下で説明する偏微分方程式のモデルとしても考察されています。偏微分方程式の典型的な例においては、時間を表す変数と空間内の位置を表す変数をもつ関数を考え、現実の世界における様々な現象を記述するようにモデリングされたものがしばしば現れます。その典型的な具体例として、特に我々の身近にあるものとしては、温度分布、波の動き、流体の運動などが挙げられ、それらが時間と空間の変数をもつ関数にな っているということは直感的に理解できますが、実際、それらの挙動はある偏微分方程式を介して記述されることになります。そして、これらを記述する方程式は、熱方程式、波動方程式、そしてミレニアム問題として一躍有名になったナビエストークス方程式とよばれるものなのです。その他にも、古典電磁気学の基礎方程式であるマックスウェル方程式、ミクロの世界を支配する新しい力学である「量子力学」の基本方程式であるシュレディンガー方程式なども有名な偏微分方程式の仲間であり、その偏微分方程式の種類によって解のもつ性質、数学的な扱い方などが異なってくることなどが知られています。

 さらに、上記の偏微分方程式では特に時間の変数を含まないものも考えられますが、それは時間で不変な、すなわち均衡を保った現象を記述していると考えることができます。そのような問題を定常問題といい、その微分方程式の解は定常解とよばれます。例えば熱方程式に対して定常問題が対応する実際の現象は、暖房や冷房の無い部屋において、外気温も時間に関して変化しないような環境下で起こるような、温度分布が時間で変わらないような現象です。そして、この温度分布を表す関数は時間変数を含まない熱方程式の解とみなせますから、時間微分の項をゼロとした熱方程式、すなわちラプラス方程式とよばれる偏微分方程式の解として特徴付けられ、数学的な観点から考察できることがわかります。

 ところで、常微分方程式の紹介で触れたように自然科学以外の分野においても偏微分方程式は応用されてきており、それは経済学、社会科学、心理学など多岐にわたっています。例えば、 1997 年のノーベル経済学賞の受賞で一躍有名になり、金融工学といわれる分野の先駆けとな った、ブラック-ショールズ方程式が挙げられます。その理論では、金融派生商品(ヨーロピアンオプション)の価格づけのモデル方程式は確率微分方程式になり、その解析が熱方程式の問題に帰着されることが示されています。このモデルが現実問題とどれだけ適合しているかはともかくとして、現代の金融市場においてその理論は非常に重要な役割を果たしてきたであろうことは、専門外の私でも推測できるところです。

 最後に、私の研究について手短に説明させて頂いてこの拙文のまとめにしたいと思います。現在私が対象としている偏微分方程式は、熱方程式に未知関数の非線形項を加えて得られる半線形拡散方程式とよばれるものです。研究内容は、初期値問題に対するその解の挙動について、そのなかでも特に定常解の解集合の構造に関する視点からその安定性を考察し、その挙動の解析を試みるというものです。定常解の安定性は、簡単にいえば時間が経過しても解が定常解から離れない挙動をする場合に安定であるとされ、そうでない場合は不安定であると定義されます。例えば、前述の部屋の温度分布の問題では実際に定常解があり、それに解が近づく現象が起こりますが、それはその定常解の安定性を示す現象でもあります。しかし、一般に非線形問題では自分自身の温度による反応項の効果があるため、拡散項とよばれる空間変数に関する偏微分の項とのバランスや、初期値とよばれる「開始時の温度分布」などの様々な要素が絡みあって一般には簡単な方程式でさえも解の挙動を解析し決定することは難しい場合が多いのです。現時点での私の具体的な研究課題は、そのような状況を踏まえながら特別な条件や方程式の下で、安定な定常解とそれに収束する初期値の組み合わせを探し、さらにその解の挙動について収束の速さなどを具体的に決定していくことです。特に今後の研究では、比較関数とよばれる関数の構成とその挙動の解析が鍵になると考えていますが、その目指している手法は例えていうならば初等幾何の証明における補助線のようなもので、引くとものの見事に証明できてしまうような、出来てしまえばシンプルな解析といったところかもしれません。私の場合なかなかうまい「補助線」が見つからず、試行錯誤の日々が続いているといったところです。


※ このページは、2012年3月刊行の『人間情報学研究 第17巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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