研究員紹介
松尾 行雄(教養学部情報科学科)
コウモリの研究から



 大学4年生で研究室というものに入ってから20年近くコウモリのエコーロケーションに関する研究を行っている。コウモリの研究といっても実際にコウモリを扱っているわけではなく、そのコウモリが行っている情報処理を理解し応用するのが目的である。コウモリは超音波を出し、周りから反射してきた音を聞くことによって、周りの状況を認識している。特に餌である昆虫を音だけの情報を用いて捕獲している様子は、コウモリの超能力を典型的に表している。では、このコウモリの情報処理についてどれくらいわかっているだろうか?1940年頃にコウモリが超音波を用いていることが明らかにな ってから70年近くたっているが、その情報処理については未解明な部分が多く残されている。ここでは、これまで私が行ってきた研究を紹介したい。

 
コウモリは数ミリから数十ミリ秒の超音波を出しているわけだが、その出している音は2種類にわけることができる。一つは一定周波数音(CF)で、もう一つは音の高さが時間的に変わる周波数変調音(FM)である。この周波数変調音は数十キロヘルツから約百キロヘルツの広帯域(ブロードバンド)信号である。仙台の街中で夕方アブラコウモリ、通称、イエコウモリを観察できるが、この種は百キロから数十キロヘルツに周波数変調する音を出している。我々の聴くことができる可聴域は大体 20 ヘルツから 20 キロヘルツなので、コウモリが出している音を直接聞くことができない。コウモリの音を聞くためには、「バットディテクター」というものが必要である。バットディテクターとはマイクで受け取った超音波を我々が聴くことができる音に変換して音を出すハンディーサイズの装置である。このバットディテクターを用いて、夕方街中を散歩するとコウモリが実際に音を出している様子がわかる。ただバットディテクタ ーは一般的には認知されているものではないので、夕方に一人でバットディテクター片手にコウモリを観察していると他者からいろいろな視線でみられてしまうので注意が必要である。


松尾先生の写真
(まつお いくお)
1995年 東北大学卒業
2000年 東北大学電気通信研究所助手
2001年 東北大学大学院博士号(工学)取得
2001年 東北大学電気通信研究所研究員
2005年 東北学院大学教養学部 助教授
 博士課程を含む学生時代は物体の位置定位という問題を扱った。当たり前のことだが、我々がみている環境は3次元である。しかし、コウモリの耳は2つしかない。2つの耳が左右にあるので、その音の到達時間差から水平方向の知覚はできるが、垂直方向の知覚はどのように行 っているのだろうか?ここで重要となるのが耳である。耳により鼓膜に到達する音はその入射方向により周波数的な特徴が変化している。この特徴を用いた3次元位置定位のアルゴリズムを提案した。

 博士課程の後も同じ研究室で引き続きコウモリの研究を行うことになり、次の問題に取り掛かった。実環境でエコーから空間知覚するために2つの研究を行う必要があると考えた。一つは任意数の物体の奥行きを高精度に推定することで、もうひとつは物体の形状をエコーから表現することである。その当時までに奥行きを推定する複数のアルゴリズムが提案されていたが、全て物体数などを限定したもので、限定しない環境、つまり、実環境に対応できるものでなか った。この問題に取り組み、試行錯誤を経て、新しい音信号の解析方法を提案することにいた った。ヒトを含む哺乳類では、鼓膜で受け取った音信号は内耳と呼ばれる器官において周波数分析され、その信号が脳に送られる。時間という1次元の音信号が時間と周波数の2次元情報に変換されるのである。この変換にはフーリエ変換というものが多くの場合用いられてきた。信号解析においてフーリエ変換というものは大変有効であるが、エコーの解析においては音信号に含まれている時間的な特徴変化をとることができない大きな問題があった。コウモリが出す音は種による多様性があるものの、同一種の場合はある一定のパターンで周波数変調している。そこで、周波数変調した信号に最適な解析を行えるチャープレットフィルタというものを提案した。これにより、エコーに含まれる時間的な特徴変化を抽出可能となり、この時間周波数解析結果から複数物体の奥行きを推定できるアルゴリズムを提案した。同じ時期に物体の形状知覚の問題についても研究を行い、形状表現できるアルゴリズムを提案した。2005 年から東北学院大学で勤務することになっても、引き続きコウモリの研究を行っている。実際にエコー測定・解析することと、脳の情報処理に近づけるように研究を行っている。

 加えて学院大に来てからは、コウモリと同じように超音波を用いて空間を知覚しているイルカの能力を活かした魚群探知機技術の開発も行 っている。コウモリは空中で、イルカは水中で超音波を用いている。コウモリが出している音は先ほど述べたように数ミリ秒の周波数変調(FM)音であるが、イルカが出している音は0.1 ミリ秒と短くクリックのような音である。このように音の長さは異なるが、コウモリとイルカの両方とも広帯域信号を用いる共通点がある。現在調査や漁船で使われている魚群探知機は一つの周波数しか含まない狭帯域信号を用いていた。広帯域信号は狭帯域信号に比べて情報量が増えることで、魚種判別において有用であると考えられる。しかしながら、このような広帯域信号を出すための機器やその解析方法がこれまで実用化されていなかった。そこで、音響を用いて水産資源を把握する研究を行ってきた水産総合研究センターと魚群探知機メーカーである古野電気と共同で研究を行うことになった。東北学院大ではソフトウエアを担当しており、魚種を高精度に判別するための解析方法を研究している。将来にわたって海洋資源を維持できるように、漁業資源把握技術に応用できればと思う。


※ このページは、2011年3月刊行の『人間情報学研究 第16巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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