研究員紹介
平吹 喜彦(教養学部地域構想学科)
里山・里地に学び、持続可能な地域をつくる



バックボーン
 私の専門は植生学、景観生態学、環境教育(ESD; Education for Sustainable Develop‑ment)である。大学生時代に植物生態学の研究室に所属して以来、東北地方のモミ林やブナ林、アマゾンの熱帯林といった原生的な生態系、そして人間活動によって荒廃した東南アジアの湿地や中国内陸部の温帯草原などで、植生の実態を記載し、変化のシナリオを描き出しながら、土地利用の評価や生態系の保全・修復にかかわる調査を行ってきた。それぞれの地域には「地球上でここにしかない」植生や暮らしの営みが存在することを実感するとともに、地域の自然特性を顧みない生産活動がもたらした環境や社会の荒廃・崩壊を目の当たりにして、胸が締めつけられる思いも経験した。

 一方、温暖化に象徴される地球環境の急変を誘発している「私たち日本人の日常生活のあり方」に対しても、私は少なからぬ関心と疑問を抱き、改善に向けたささやかな取り組みを行ってきた。1992年の国連環境開発会議で提唱された「Think Globally, Act Locally」というスローガンにならって、先ずは身近な暮らしの中で省エネルギーや資源の節約・循環・再利用を心がけ、そして各地の学校・地域でESDや環境保全活動をサポートしてきた。


平吹先生の写真
(ひらぶき よしひこ)
1980年 東北大学理学部生物学科卒業
1981年 東北大学大学院理学研究科中退
1981年 宮城教育大学教育学部助手
2004年 宮城教育大学教育学部教授
2005年 東北学院大学教養学部教授

いま、里山・里地をフィールドとして
 「里山・里地」とは、古来より童謡や童話、絵画でしばしば取り上げられてきた「‘ふるさと’と総称される田園」を指す。いま、この里山・里地に対して、専門分野を異にするさまざまな研究者や市民団体、行政、企業が関心を寄せ、連携を図りながら、「持続可能な社会・未来の構築」に向けた多様な取り組みが活発化している。

 こうしたムーブメントを推し進める動機はいくつもあり、またそれらは相互に関連もしているが、主要な要因として以下の3点があげられるだろう: (1)増え続ける耕作放棄地や管理不十分な二次林、そして限界集落の改善、(2)低炭素社会や健やかな心身が保持できる社会の希求、(3)生物多様性や生態系サービスの存続。

 農林業を生業としながら、「自給自足と資源循環による暮らし」が永く続いてきた里山・里地には、(1)水田や畑地、萌芽林、草原、ため池、小川、庭畑・屋敷林が付帯する農家屋敷をユニ ットとした「管理の行き届いたパッチワーク景観」が広がり、(2)四季の変化に順応した農事や神事(祭り)、郷土食、野生動植物の営みがあり、そして(3)地域の資源や伝統、結束を維持するための約束ごとが蓄積されてきた。しかし、それらは1960年代以降の高度経済成長や少子高齢化、グローバル化によって、すっかり荒廃・衰退してしまった。「‘里山・里地の伝統的な暮らしにかかわる思想や知恵、技法’を再認識し、現代風にアレンジしながら、持続可能な地域づくりに役立てよう!」とする取り組みが、各地で本格化しているのである。

地域景観を読み解く
 里山・里地の実態を分析し、評価、企画、運営を実行する際、私自身がもっとも大切にしている流儀は「地域景観を読み解く」営みを基本に据えることである。

 よく指摘されることではあるが、多彩なステ ークホルダーが参画するプロジェクトで、議論に耐えうる「読み解き」を実現するためには、空間(パターン)と時間(プロセス)の物差しを常に交差させながら、学際的な視点・手法で対象に迫る必要がある。さらに願望を込めて言えば、景観(landscape)は、単に「眼前に広がる眺望」としてではなく、「背景に潜む地表の起伏や土質、水系、土地利用、人工構造物などの分布実態および歴史的変遷の透視(人為の正当な評価を含む)を経て、相互の関連性や原理・原則が抽出されるべき重層的機能系」として認知される必要があろう。

 「地域景観の読み解き」には、リモートセンシングやGISといった情報科学のめざましい発展が大きく貢献している。しかし一方では、自然現象や人間活動から生み出される「地域景観」自体がそもそも大きな‘ゆらぎ’や‘不確実性’を内包していることから、「現場100回」という言葉に象徴されるように、フィールドでじっくり腰を据えて現象と向き合い、科学的で、人間味のある探求や実践、検証を重ねるプロセスも不可欠であろう。

「多様さ」の恩恵
 地球上では、37億年にもおよぶ時間の中で、生物と環境は深くかかわりあいながら、相互に変化し続けてきた。そしていま、ヒトはかつてないほど危機的な局面に遭遇しているようにみえる。「細胞共生説」を唱えたリン・マーギュリス博士は、科学ドキュメンタリー番組の中で、以下のような示唆に富むコメントを述べている: 「生物の歴史をふり返ると、その持続が困難になった時、互いに寄り添うことで危機を克服してきた実態が浮かび上がる。それはちょうど、個別に発展し、特殊化したパーツが集積することで、時代を激変させたコンピューターが誕生したシナリオにも似ている。」

 すでに述べたように、繁栄の象徴としての「都市」の背後にある広大な里山・里地は、もとより日本という国の基層を支え続けてきた空間であり、新しい時代を拓くアイデアや希望の源泉とみなせる地域でもある。私はその里山・里地で、人と自然、生活知と学術知、経験と革新を結びつけながら、安らかな地域を構想する取り組みにこれからも挑戦していきたいと考えている。人間情報学研究科の多彩な専門家・学生諸君との議論や協働は、この営みにとってすこぶる刺激的である。


※ このページは、2011年3月刊行の『人間情報学研究 第16巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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