研究員紹介
秋葉 勉(教養学部言語文化学科)
私の研究



1.アメリカ文学、アメリカ研究

 私はアメリカ文学を主に研究していますが、同時にアメリカの文化と歴史を中心としたアメリカ研究もしています。文学に関しては、特に19 世紀の作家であるハーマン・メルヴィル(Herman Melville)やナサニエル・ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)を専門としています。前者は『白鯨』(Moby-Dick、1851)の作家として有名ですし、後者も『緋文字』(The Scarlet Letter, 1850 )の作家として日本でも親しまれている作家です。両作家は、人間の心理の奥に隠れた「暗さ」に焦点を当てた作品を多く書いていますが、文学の世界に精神分析の手法を用いた先駆者と言えると思います。19 世紀半ば頃は、アメリカ文学がヨーロッパ文学から文字通り独立し、アメリカらしい特徴を扱った作品が多く書かれた時代でしたが、この時代はアメリカ文学の隆盛期すなわち「アメリカ・ルネッサンス」と呼ばれています。この時代の文化・歴史・政治・宗教的背景を研究しながら、それらが当時の文学にどのように反映されているかを研究しています。

 文学作品のみを緻密に分析するといった「ニ ュー・クリティシズム」批評に傾倒した時期もありましたが、最近ではフェミニズム批評や文化批評・歴史批評の方法を用いて文学作品を分析しています。従って、所属する言語文化学科では、アメリカ文学の研究のみならず、広い意味でのアメリカ研究を行っています。


秋葉先生の写真
(あきば つとむ)
1954年3月 東北学院大学文学部英文科卒業
1956年3月 東北学院大学大学院文学研究科英語英文学専攻博士前期課程修了
1959年3月 東北学院大学大学院文学研究科英語英文学専攻博士後期課程満期退学
1992年〜1993年
エール大学大学院 Visiting Fellow
(アメリカ、Yale University)
2.イギリス文学からアメリカ文学へ

 大学院時代から現在までメルヴィルを中心に研究していますが、最初からアメリカ文学に関心があったわけではありません。学部学生の時代には、英文学科に所属していたこともあり、英文学の講義を多く受講していました。大学3・4年生の時にはシェイクスピアや 17 世紀の形而上詩人の演習において、神秘思想、プラトンやソクラテスなどを中心とするギリシャ・ローマ哲学思想を学びました。また、英詩の講義において、T.S.エリオットの『荒地』(The Waste Land)や「プルーフロック」( “The Love Song of Alfred Prufrock” )を読み、特に現代人が抱える問題に苦悩するプルーフロック像を研究する過程で、『白鯨』の主人公であり物語の語り手であるイシュマエルの存在を知ることになったのです。学部時代にイギリス文学を学ぶことができたこの経験は、今でもアメリカ文学の研究に大いに役立っています。

 『白鯨』は、巨大の白鯨に片足を食い切られたエイハブ船長が、その白鯨に復讐を誓い世界中をその白鯨を追い求め、最後には白鯨との闘いに敗れ船と共に海底に沈んでいく物語です。その単純明快なストーリーとは逆に、この物語は幾つもの解釈が可能な重層的な意味を持っています。代表的なものは、白鯨の象徴性であり、白鯨を「神」や「真理」を表すものと捉える批評家もいれば、「悪」や「不条理」の象徴と考えたり、知識人の間で当時流行していた超絶主義(Transcendentalism)という思想を暗示するものと捉えている批評家もいます。メルヴィルの作品世界は、このように難解な象徴性を持ちながら、それゆえに読者を魅了するという独特の魅力を持っており、私も今までこれを研究し続けています。

3.メルヴィルとホーソーンの文学的類似性

 メルヴィルという作家は、若い頃に捕鯨船に乗り組んでいたことがあり、その特異な経験から多くの物語を執筆していますが、彼が文学上の師と仰いて尊敬していた作家がホーソーンでした。『白鯨』の執筆中は、メルヴィルはわざわざホーソーンの家の近くにまで引っ越しをし、『白鯨』の原稿をホーソーンに読んでもらいアドバイスを受け原稿を修正したくらいです。こうした過程を経て、『白鯨』は完成し出版され、その巻頭にはホーソーンに対する献辞が記されることになります。

 メルヴィルとホーソーンの交友関係に関してはそれまでに研究されていましたが、それらの自伝的研究のすべては、メルヴィルのホーソーンに対する一方的な思いであり、ホーソーンがメルヴィルに対してあまり好意的でなかったという結論でした。しかし、私はメルヴィルとホ ーソーンの書簡、ホーソーンの日記、ホーソーンの妻の手紙や日記などを研究することによって、これまでの定説とは違う結論を得ました。つまり、両作家の関係が単に徒弟関係というよりも、さらに親密であったことを証明しました。後にアメリカの批評家が自身の論文で、私のこの研究を評価してくれましたが、大変やりがいのある研究でした。


 この頃、エール大学のリチャード・ブロッドヘッド教授が、ホーソーンとメルヴィルの文学上の類似性に着目した一冊の本を出版しました。私の研究する分野と非常に近かったので、早速、私の論文を送りエール大学にて研究したい旨の手紙を出しました。教授のご厚意によりエール大学にてフェローの資格を得て、1992 年から1993 年までエール大学大学院にてブロッドヘ ッド教授の指導を受け研究することができました。教授はその後、ホーソーンを中心にアメリカ文学の作家たちについて論じた書物を出版しました。しかし、ホーソーンとメルヴィルの文学技法上の類似性と差異性についての研究に関してはまだ不十分であり、教授自身もさらに研究の余地があると認めています。

4.今後の研究展望

 ブロッドヘッド教授の専門はホーソーンであるため、ホーソーンの視点から両作家の類似性を見ていますが、私の専門はメルヴィルですので、メルヴィルの視点から今後もこの問題について研究していきたいと考えています。具体的には、今まで『白鯨』以前に執筆されたメルヴ ィルの長編小説の分析を中心に論文を書いてきましたが、今後は『白鯨』以降に出版された長編小説と短編小説、またあまり知られていないメルヴィルの長編詩を研究したいと考えています。また、ホーソーンに関してもさらに研究をし、メルヴィルとホーソーンの文学技法上の類似性について具体的に論文にまとめることができればと考えています。

 もう一方で、日本文化や日本文学についても学んでいく必要があると思います。日本人であるというアイデンティティを見失うことなく、アメリカ文化・アメリカ文学との比較研究のみならず、外国文化や外国文学との比較の上で、日本文化と日本文学の独自性、異質性と同質性を捉え、その素晴らしさを外国人に伝えられればと考えています。幸運なことに、私は本学の国際交流に長い間携わり、日本研究講座を通して日本文化や日本文学を教える機会が与えられています。この分野に関しては、いわゆる専門家とは言えませんが、外国人学生と共に学ぶことによって、「文化」や「文学」とは何かという普遍的テーマを研究できるものと確信しています。

 研究とは長期間の苦悩の探究の旅であると思います。メルヴィルはそれを航海に喩え、白鯨の追跡を「真理の探究」に喩えました。どこまで「真理」の領域に到達できるかは分かりませんが、私たちが研究をし続ける挑戦的な精神だけは失いたくないものです。


※ このページは、2011年3月刊行の『人間情報学研究 第16巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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