研究員紹介
神林 博史(教養学部人間科学科)
日本の階層意識と、その他諸々



 今の日本社会を象徴する言葉は?と問われれば、多くの人が「格差社会」と答えるのではないでしょうか。

 これが 2、30 年前ならば「中流社会」とか「一億総中流社会」、「平等社会」という答えがおそらく普通だったわけで、そう考えると人々の社会の認識は、1990 年代以降大きく変わったことになります。

 何をいまさら、という感じではありますが、ここで確認しておきたいのは「一億総中流」とか「格差社会」というのは、あくまでも人々の主観的な認識であって、不平等の実態、すなわち所得・職業・学歴などによって生じる客観的な不平等を必ずしも正確に反映しているとは限らない、ということです。1980 年代の日本社会が「一億総中流」と呼ばれていたからといって、「中流」に相当する人が当時の日本社会の大多数を占めていたとか、所得の平等度が非常に高かったのかというと、必ずしもそうではありません。現在より平等度が高かったのは事実ですが、客観的に見て「みんな中流」、「みんな平等」ではありませんでした。


神林先生の写真
(かんばやし ひろし)
1990年 長野県須坂高校卒業
1995年 金沢大学文学部卒業
2002年 東北大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学
2002年 東北大学大学院文学研究科 助手
2005年 東北学院大学教養学部人間科学科助教授(2007年より准教授)
 翻って現在、格差・雇用・貧困といった問題の深刻さは誰の目にも明らかですし、様々な問題が盛んに報道されています。こうした不平等化については、ある特定の時期(例えば小泉政権期)に急激に進行したかのようにイメージされることが多いようですが、それも実態とは異なっています。様々な不平等度は確かに上昇していますが、この傾向は基本的には 1980 年代中ごろから少しづつ進行してきたもので、何かをきっかけにして、平等だった社会がいきなり不平等な社会に変化したわけではありません。一方で、かつて「中流社会」の根拠とされた「中流意識」(学術的には「階層帰属意識」と呼ばれるもの)は、1970 年代以降ほとんど変化していません。内閣府の「国民生活に関する世論調査」の結果を見ると、1970 年代でも 2009 年でも、約9 割の人が自分の生活程度を「中」と答えています。

 このように検討してみると、不平等の実態と、人々が不平等に対して持っているイメージは必ずしも一致しないことがわかります。こうした、人々が持っている不平等のイメージやその中での自分自身の位置づけ、不平等に対する意見などのことを、社会学では「階層意識」と呼びます。この階層意識の研究が私の主な研究テーマです。特に、実態と意識のズレ(のように見えるものを)どう説明・理解するかに関心があります。

 厳しい経済状態の下で苦しんでいる人たちのことを考えると、階層意識研究は不平等の実態の研究に比べ副次的な問題のように見えます。実際その通りなのですが、だからと言って階層意識研究に意味がないかというと、そうでもありません。実態よりも、人々の社会に対するイメージもしくは共通理解によって世論や政治が動いていくという側面があるからです。いわゆる「ゆとり教育」の導入などはその好例です。したがって、人々が日本社会の不平等をどう捉えているのか・どう考えているのかを知ることは、今後の日本社会のあり方を考える上で重要な意味を持っていることになります。

 このような関心から、これまでに階層意識に関する論文をいくつか書いてきました。また、日本の不平等に関する代表的な調査の1 つである「社会階層と社会移動」全国調査(SSM 調査)にも参加しています。


 …と、ここまでお読みの方は、私は一貫した信念の下に研究をしているような印象を受けるかもしれませんが、そうでもありません。実のところ、私はかなり軸のぶれた人間で、状況および気分でいろいろな領域に手を出しています。

 修士論文は性別役割意識と社会階層の関係に関するものでした(当時はジェンダー関係のテ ーマが流行っていたので)。しかし、性別役割意識だけだと先がないので、ジェンダーと社会階層の交互作用に注目しつつ階層意識の様々な側面を検討し、これが博士論文になりました。

 その傍ら、修士論文執筆時の行きかがりで、当時所属していた研究室が中心となって行っていた仙台圏の高校生の意識調査に参加し(というか巻き込まれ)、これに関係した業績もいくつかありますが、その時の気分で規範意識に関する論文を書いたり、学習時間(学習行動)に関する論文を書いたりとあまり一貫性がありません。最近では「社会階層と健康」という大型調査プロジェクトにも巻き込まれ、もとい参加させていただいております。

 意識だけじゃなく不平等の実態の分析もやってみたい、日本の階層意識研究は国際的には特殊で海外の学会で報告しにくいので、意識以外のテーマで海外で学会発表して業績稼ぎするのに適当で、かつ私が新規参入しても何とかなる隙間市場はないか、という不純な動機から(さらにその他諸々の事情が重なって)転職理由および転職行動の研究なんかもしています。

 ある先輩研究者に「30 代は好きなことをやって、40 代になったらそれをまとめていく方向でやればいい」と言われたことがあり、それならということで好き勝手なことをしてきましたが、さすがに節操がなかったかと反省しています。(あれこれやっていると意外なところで接点が出てくることもあり、面白いのですが。あと、ほとんど全て計量的な研究だということは共通しています。)

 そろそろ 30 代も終わりが見えてきたこともあり、ここらで小活すべく、階層帰属意識に関するある程度まとまった原稿を執筆すべく準備していますが、どうなりますか。


※ このページは、2010年3月刊行の『人間情報学研究 第15巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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