研究員紹介
坂本 泰伸(教養学部情報科学科)
情報科学という研究分野との出会い



 今回、自己紹介文の依頼を松澤先生から頂戴した時に、いったい何を書けばいいのだろう?と迷ったのですが、自己紹介を兼ねて、私が現在進めている研究テーマを選択するに至った背景をご紹介したいと思います。

 私は、大学と修士の学生時代の合計6年間を山形大学で過ごしました。山形市は、あまり都会的な娯楽の場所に恵まれた土地ではありませんが、これらを補って余りあるくらいの素晴らしい自然に囲まれており、過ごしやすいのどかな土地柄です。もっとも、ウインタースポーツをしない私にとっては冬の雪の多さには頭を抱えることが多かったのですが、それでも、どこに行ってもおいしいお酒を呑むことができますし、市内にも数多くの温泉が存在し、大学の授業終了と同時に釣りに行ったり温泉に浸かりに行ったりして楽しんだ事を記憶しています。

 当時の山形大学では、学生が研究室に配属されるのは大学3年生からだったのですが、これを待たずして、ある教員の研究室に入り浸ることになりました。その研究室では、数名のコンピュータ好きの学生が集まり、一種のサークルの様な感じで自然言語学研究の分野で使われるソフトウエアやシステムの開発をしていたのですが、小さい頃から機械いじりやプログラミングが好きだった私は、この作業に熱中をしました。今考えると非常に時勢が良かったのだと思いますが、大学の1、2年生の学生が教員の研究室を占拠して連日連夜で作業をする(遊ぶ?)のを、誰も文句を言わず黙って許してもらえていたのです。これは、今の研究テーマを選択するのに、大きな影響を及ぼした要因の一つだと思っています。事実、この自然言語学研究用のソフトウエア開発は現在に至っても続いており、研究室所属学生の卒業研究のテーマにもなっています。余談になりますが、この頃、毎晩ネットワークを通じて仙台の某国立大学の研究室所属の学生さんと、プログラミングやネットワークの設定の事など、色々な情報交換をしていたのですが、その方が情報科学科の S 浦先生だと知ったのは、私が東北学院大学に赴任して暫くした後でした。


坂本先生の写真
(さかもと やすのぶ)
1990年 千葉市立稲毛高等学校 卒業
1996年 山形大学理学部 卒業
1998年 山形大学大学院理学研究科 修了
2001年 新潟大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了
2001年 立教大学先端科学計測研究センターPD
2004年 立教大学 兼任講師
2004年 東北大学大学院理学研究科附属ニュートリノ科学研究センター研究支援者
2006年 東北学院大学教養学部 助教授
現在に至る

  物理学を専攻していた私は、大学の3年生になると素粒子実験系の研究室へ配属希望を提出します。素粒子実験は、研究室を単位とする数名から十数名のグループによって、家内制手工業的に進められることもありますし、国際共同実験のように数百人規模の研究者が一同に参加して執り行われることもあります。いずれにせよ、個人の力で独善的に実験を進めるのではなく、一つの目的(実験結果を精度良く出すという事)に向かって、それぞれの分野の専門家が協調的に作業を進めてゆきます。当時、グループで行うソフトウエア開発やシステム構築に楽しさを見出していた私は、この素粒子実験の作業の進め方に同じような魅力を感じ研究室を選択することにしました。

 素粒子実験系の研究では、加速器や宇宙線を利用して素粒子の諸性質や反応を調査する実験作業が中心となります。多くの人が、「実験」と聞くと白衣を着た研究員がビーカーを操作している姿をイメージするかもしれませんが、素粒子実験の様子はこれとは大きく異なります。実験の開始には、加速器の建設から始まり、大型検出器の建設や大量の電子デバイスの設置、ネ ットワーク敷設工事などが必要になってくるので、さながら工事現場のような環境で作業が進められます。面白い事に、年配の研究者の方々の中には、これらの作業を自分でするために、クレーン操作免許や玉掛け免許を持っておられる方が多いのも事実です。


Double Chooz 実験での検出器建設の様子

 研究室では、最も興味のあったデータ収集システムの構築とソフトウエア開発や、ネットワ ークシステムの構築を研究テーマとして選択します。素粒子実験を成功に導く(効率良く進める)には、実験で使用される大量の電子デバイスからのデータを高速に収集する事が重要にな ってきます。実験の結果を高精度で獲得するには、大量の統計データを収集する必要があるのですが、このとき、加速器の運転で必要となる電気代や冷却水のコストは、時間当たりで数十万円から数百万円にも達するので、長期間(数週間から数年間)に渡る実験となると、統計デ ータを獲得するのに必要とする時間が僅か1%でも短くなるだけで、大きなコストの削減に繋がるのです。また、同じ実験予算で、より多くのデータを収集できれば、それだけ統計精度の良い実験結果が得られるのです。

 このためには、ネットワーク分散型の協調的なデータ収集システムが必要であると考えられているのですが、このネットワークを介した分散協調システムの構築に関する研究が、現在の研究テーマとなっています。ネットワークを介した分散協調システムは、特に素粒子実験の分野だけで専用的に使われるシステムではなく、産業や商業、教育と云った様々な分野や学際的な研究領域でも幅広く利用されています。これまでの出身の経緯から、私自身は素粒子実験分野の研究者の方々とのお付き合いが多いのですが、近年では、教材の開発支援システムの開発や、大学生協での教科書販売システムの開発、自然言語コーパスの解析システムの開発と云ったような、応用分野や学際領域での研究や開発が多くなり、これらを卒業研究のテーマとして選択する学生も研究室には数多くいます。正直に話すと、素粒子実験で使われるデータ収集システの開発は、学生にとってどうも固い雰囲気があるようで、あまり人気が無いと言った方が正しい表現になるかも知れません…。それでも、学院大学に赴任してきて以来、毎年何名かの学生が卒業研究のテーマとして選択してくれているのは非常に喜ばしいことです。

 博士課程修了後に、情報科学分野の研究と共にニュートリノに関する研究を進める事を選択しました。この道を選択した直後に小柴先生がノーベル物理学賞を受賞されたのは、ニュートリノ研究に携わる研究者全員にとって非常に追い風となる出来事で、幸運に恵まれつつ現在まで研究を続ける事ができています。このニュートリノ研究に関する最近の成果では、東北大学に勤務していた頃に開発したニュートリノ観測システムが、核査察等のセーフガードシステムの手段として応用できるのではないかという事で注目されており、IAEA の会議録の中で東北学院大学の名前と共に紹介されています。

 現在では、このニュートリノ研究の延長として、フランスのショー(Chooz)村で進められているダブルショー(Double Chooz)国際共同実験グループにソフトウエア開発の責任者として参加をしています。ショー村は、パリから直線距離にして北東へ250km程離れた片田舎で、とてものどかな場所です。この村には原子力発電所があり、ダブルショー実験では2機の原子炉で発生するニュートリノを利用して、ニュートリノ振動という現象を世界一精度で観測することを目標にしています。坂本研究室では、実験で利用されるソフトウエアの状況を、ネットワークを用いて包括的に監視する、モニターリングシステムの開発を担っています。実験が2009 年後半から始まることもあり、ここ数年(とこれから1、2年)は頻繁にフランスを往来する必要があり、非常にタイトなスケジュールとなっています。

 
Chooz 原子力発電所近郊の様子

 自己紹介は、この辺で最後にしたいと思います。ネットワーク分散型の協調システムは、最先端の研究だけではなく、我々の身の回りの様々な部分で利用されています。情報科学科を卒業する学生の多くは、このようなシステムの開発に携わったりメンテナンスをしたりと云った作業に関わって行くことでしょう。研究室では、これらのシステム開発やメンテナンスを実際に体験できるようなテーマを、学生に対して提供し続けていければと考えています。


※ このページは、2009年3月刊行の『人間情報学研究 第14巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


|14巻に戻る