研究員紹介
山崎 冬太(教養学部言語文化学科)
Tant pis! je ne suis pas chercheur!



 研究員・山崎冬太が「研究者」であるかどうかについては、研究の余地がある。研究論文の類いはあまり書いていない。自分を含めて3人くらいしか読まない論文を印刷に回してなんになる、との思いが強い。知り合いに押し付けがましく抜き刷りなど送りたくない。大学に籍を置いて食わせてもらっているのはたしかだけれど、それを正当化するためのアリバイ作りみたいなことに熱心にはなれない。(この雑誌がアリバイ作りの巣窟でないことを、お節介と知りつつ祈ります。)

 真の研究者というか「学者」に対しては、畏敬の念を抱いている。欲も得もなく、時間を忘れ寝食を忘れて、ただひたすら研究対象に向き合う姿は美しい。「学問の進歩に寄与する」とか「世のため人のため」とかいう理屈はあとから、たとえばノーベル賞授賞式のときにいくらでも他人がつけてくれるだろうが、差し当たりそんなの関係ねえ、いまは研究にのめり込む以外は念頭にない、というのが純粋状態の「研究者」であろう。マラルメはランボーについて「彼がそこにいるという以外の理由なく、ひとりで点火し消えてゆく流星の閃き」といった。研究者として、詩人ランボーと同じようなあり方をする大学人はたしかにいると思う。ただ、そんなに多くはない。

山崎先生の写真
(やまざき ふゆた)
1974年 鳥取県立米子東高等学校卒業
1979年 東北大学文学部フランス文学科卒業
1988年 東北大学大学院文学研究科博士課程満期退学
1988年 東北学院大学教養学部講師
1993年 東北学院大学教養学部助教授
 黒澤明から引こう。

 勘兵衛「実はな、金にも出世にもならぬむずかしい戦があるんだが、ついて来るか?」
 七郎次(即座に)「はい」

 つまりそういうことだ。野伏に襲われて困っている農民を助ける云々の大義名分は二の次、戦があれば知力体力を尽くして戦う、それがサムライである。研究者とて同じこと、出世・名誉・保身・学内政治・予算獲得・財テク etc.よりも、自分が本当につきつめたいこと(それをもっていないことには話にならないが)を優先してこそ、真の「研究者」であろう。実存は本質に先立つ、とサルトルはいった。まあそうかも知れないが、武士は食わねど高楊枝ともいうのである。自分としては、根っからの学者肌ではない者にそんなヤセ我慢は体に毒だ、とあきらめている。

 そうはいい条、いちおう教員であるから、授業をやらないわけにはいかない。やるからには、お客さんからあまり文句が出ないほうがいい。「授業評価」を気にするのではない(あれもアリバイ作りの一環じゃないの?)。生身の青年たちに教えるという役目はけっこう畏れ多いと感じているだけだ。しょうがないから、付け焼き刃的に勉強する。ゼロからというわけにもいかないので、学生時代に齧った領域を蒸し返す。

方向性として3つに分けられるだろう。
1)フランス語フランス文学または文学一般
2)映画関係
3)精神分析、構造主義などの思想系


 1については、フランス語教員として括られているから、いわずもがな。先日ある先生から「フランス語の本質ってなんだ?」と訊かれた。たぶん「クラルテ(明晰さ)」ということだと思う、と答えておいた。これについて話し出すとヴァレリーとか冠詞や接続法の用法とか長くなりそうなので割愛する。文学に関しては、ランボーなんかやっていたので、言語の問題というより、言語のリミット、言語の向こう側の問題だという気がしている。「心象スケッチ」なる極限の言語実践を記した「小岩井農場」の末尾近くで宮澤賢治がふと漏らす「幻想が向ふから迫つてくるときは/もうにんげんの壊れるときだ」ということばは重い。

 仏文と映画論の関係について、誰かがこんなことを書いていた。フランスへ留学する学生のほとんどが、いっぱしの映画通を気取って日本へ帰ってくる。たしかにそうかも知れない。小津の映画をはじめてパリで見たときの衝撃は忘れられない。当時ドゥルーズが『シネマ』を上梓したりして、映画を深く考える機運が盛り上がっていた。いまはビデオやDVD があるので、小津でもホークスでもゴダールでも思う存分学生に見せることができる。映画をつきつめて考えることは、われわれに世界はどう見えているか、という問題につながる。なかなかうまく説明できないのだけれど、学生は実際に名作・問題作の映像を見てなにかを感じ取っている様子で、最近の卒業研究に充実した映画論が増えてきている手応えがある。

 3の領域では、ジャック・ラカンにお世話になっている。フロイト=ラカン系列の精神分析理論の特徴は、言語機能(象徴界)を考慮せずに人間の心は理解し得ないとする点にある。この「象徴界」のほかに、ラカンは「想像界」「現実界」の次元を考え、この3つが絡み合って人間の心を形成しているとする。この雑文の前半で憎まれ口を並べたが、「大学にいるのだから研究者のふりをしたい」という気持は「想像界」に関わっている。自分の本当の姿を見ることはできない。周囲の反応で(いわば鏡に自分を映して)確認するしかない。漱石的な「我執」の問題はそこから生じる。「私を研究者として、大学人として、成功者として、いっぱしの人間として認めてよ、ねーねーねー」というわけだ。「則天去私」の境地はおそらく「象徴界」からもたらされるだろう。自分は「世界に一つだけの花」だと思いたいのは山々だが(まあそういっていえないことはないが)、見方を変えれば、みんなが従っている文法規則に則ってことばを使っているし、交通法規もそこそこ守り、クリスマスを祝い初詣に出かけ等々、自分がこの世に到来する以前に確立していた秩序に自分を同化させてなんとか生きているにすぎないのだ。そうしないと誰も相手にしてくれないからだ。そのように認めることは一種の救いをもたらすだろう。自我とは症状であるという説もあるほどだ。「現実界」はといえば、あ、字数がない。


※ このページは、2008年3月刊行の『人間情報学研究 第13巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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