研究員紹介
千葉 智則(教養学部人間科学科)
運動とエネルギー代謝



 私がこれまで行ってきたのは運動時のエネルギーを供給する仕組み,ことばを変えるとエネルギー代謝です.私たちが運動やスポーツを行う時にはエネルギーが必要です.そのエネルギーを供給する仕組みつまりエネルギー代謝には、大きくわけて二つの種類、「有酸素性」と「無酸素性」のエネルギー代謝があります.二つのエネルギー供給能力と相互作用はウォーキングといった健康のための運動からマラソンやサッカーといったスポーツのパフォーマンスに大きく影響を及ぼします.

 私たちの普段の生活レベルでの運動や比較的低い強度の運動時には、主に有酸素性エネルギー代謝が働いています.酸素と脂肪および糖質が反応して運動に必要なエネルギーを作り出します.しかし、運動の強度が増加すると有酸素性のエネルギー供給では不十分になり、無酸素性のエネルギー代謝が働きだします.無酸素性エネルギー代謝は酸素が関与せず、筋肉の化学物質の分解や筋肉に蓄えられた糖質の分解(解糖)により作り出されます.無酸素性の解糖が始まると筋には乳酸という物質が作り出されます.例えば、泉キャンパス正門からの長い上り坂を自転車で上るときやエレベーターを使わず6階の研究室まで急いで階段を上るときなどです.乳酸の産生は結果的に筋肉の収縮を阻害し「疲労」を起こします.運動不足気味になると有酸素性エネルギー供給能力が低下するので以前は楽だった運動でも無酸素性解糖により早く疲労が引き起こされますし、持久性スポーツでは無酸素性解糖を抑制するためにいかに有酸素性エネルギー供給能力を高めるかがパフォーマンス向上の鍵になります.

千葉先生の写真
(ちば とものり)
1979年 岩手県立盛岡第三高等学校卒業
1983年 筑波大学体育専門学群卒業
1986年 筑波大学大学院修士課程体育研究科修了
1986年 東北学院大学教養部助手
1989年 東北学院大学教養学部講師
1998年 東北学院大学教養学部助教授
2007年 東北学院大学教養学部教授
 私の院生時代の研究室には、高度七千メートルまでの高所環境を人工的に作り出す低圧制御装置という実験室があり、その人工高所(低圧低酸素)環境でのトレーニング効果の検証が研究室の大きなテーマでした.高所でも空気中の酸素濃度は平地と同様ですが、気圧の低下にともない酸素分圧が低下し、体内に酸素を取り込むことが難しくなるので、エベレストのような高所への登山時には無酸素性エネルギー代謝が亢進し疲労が大きくなるのです.そこで,当時は、低圧低酸素環境におけるトレーニングがエネルギー代謝に対してどのような効果を持つのか,さらには高山病の予防に効果があるのかということを明らかにするために,エベレストやヒマラヤなどの山への無酸素登頂を目的とした登山隊を被験者として高所トレーニング時のデータを集めるのが私の主な仕事でした.実験室を通常の気圧から半分あるいはそれ以下に低下させるためには2時間程度はかかり,その後1時間のトレーニング中のデータをとって,また元の気圧に戻すために2時間かかる.その後にデータ整理をして・・・登山家である被験者の方々はだいたい仕事が終了してから大学に集まってきますから,実験は夕方から開始してすべてが終了するのは12時過ぎという日々でした.(この実験のために,大好きなラグビーもできなくなり,最終的に研究テーマを変えてしまいましたが.)

 これまでの研究により、高所でのトレーニング効果は筋肉の有酸素性エネルギー代謝の効率化と無酸素性エネルギー代謝の抑制という適応によることがわかってきており、登山家だけではなくマラソンなどの長時間スポーツで応用されています.一方,高所トレーニングは水泳の100m,200mといった比較的時間が短く,無酸素性エネルギー代謝が重要な役割を果たすスポーツのパフォーマンスにも効果がある事がわかってきましたが,そのメカニズムは明らかになっていません.

 近年、窒素発生装置を用いて濃度の低い酸素を実験室に送り込む事により人工高所(常圧低酸素)環境が簡単に作り出せるようになりました.気圧をかえる装置に比べ非常に安価で,簡単に低酸素環境を作り出す事ができますので,この装置を用いて低酸素と運動・スポーツに関する多くの研究成果が発表されてきています.20年以上も前に断念した高所トレーニング研究をまた再開することになるなんて,思っても見ませんでしたが,「低酸素トレーニングが無酸素性エネルギー代謝にどのような影響を及ぼすのか」ということから少しずつ明らかにしたいと考えています.


※ このページは、2008年3月刊行の『人間情報学研究 第13巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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