研究員紹介
吉田 信彌
(教養学部人間科学科)
交通心理学は常識に挑戦する



 交通心理学なんて初めて聞いたという人もいるかもしれない。交通安全に心理学から寄与しようとする研究であるが、その実質的な紹介は、昨年8月に公刊した拙著『事故と心理 なぜ事故に好かれてしまうのか』(中公新書)を読んで頂きたい。本稿は研究所の所員として研究紹介なので、その本のいくつかの主題の中から学術理論的な関心に訴えるだろう2点をとりあげるとともに、この領域の魅力と使命を紹介することにしよう。

動作本位反応説

 交通心理学が一般の人から質問される第一のことは「事故を起こしやすい質(たち)の人はいますか、それはどんな質ですか」ということであった。その答えの一つが動作本位反応説である。
 動作本位反応とは認知をして動作をするその心理過程の中で、最終的に実行される動作が飛び出してしまう反応である。常識とは違って、事故を起こすのは反応の遅い人というより動作が早めに突出する反応をしてしまう人であった。

 それを最初に説いたのが米国のドレークであり、それを実証する適性検査(速度見越反応検査)の開発と研究を進めたのがわが恩師、丸山欣哉東北大学名誉教授である。私はこの説をドレーク・丸山説と命名した。

吉田先生写真

(よしだ しんや)
1970年 宮城県仙台第二高等学校卒業
1974年 東北大学文学部卒業(心理学専攻)
1980年 東北大学大学院文学研究科満期退学
980年 東北学院大学教養部助手
1989年 東北学院大学教養学部教授

 丸山先生は私の大学院の指導教官である。授かった研究テーマは、適性検査と運転行動の関係であった。適性検査で測定した動作本位反応が運転の実際の場面ではどう現れるかという、適性検査の妥当性に関わる問題であった。その成果を国際交通安全学会誌(1990年)に書き、同学会賞を頂いた。受賞したのだから認められたとはいえるが、私らの研究が学界に影響を与え、適性研究のあり方を革新するまでは至らなかった。あいも変わらず、検査と行動の関係を追及しない安易な検査がはびこったままである。現在の適性研究のあり方に私は不満である。

 その点で、心理検査のいい加減さを糾弾した村上宣寛『「心理テスト」はうそでした』(日経BP社,2005年)は痛快だった。心理学を学ぶ学生、とくに臨床希望の学生は、心理テストの実施の仕方を覚えると学んだ気になることだろう。しかし、真に大事なことはその検査がどのような原理で成り立ち、その論理に照らすと何がいえるかを考える力を養うことである。その点で既存の心理テストには疑問視されてしかるべきものがほとんどである。交通心理学で使う適性検査も同様である。

 根幹的な疑問に答えるだけの根拠をもてるように動作反応本位説を磨きあげ、それを広く紹介するのが私の仕事の一つである。

人間情報学

 われらが教養学部、そして大学院人間情報学研究科は学際性を標榜する。学際性は異なった領域の科学の共同を指向するが、同時に新しい科学を生み出す原動力になるべきものであった。後者の視点が本学では忘れられつつあるのではないか。本研究所の所員は人間情報学という新しい学問の創出を考えるべきであろう。

 私は交通安全を広く考えるために、情報、人間、事故統計の三つの項からなる枠組みを拙著『事故と心理』で提案した。情報が人間の行動に影響し、その行動の積み重ねとして社会的な統計がでる。その統計も情報となり、行動に影響する。安全にはハードの改善というテクノロジーの進歩が貢献するが、それは情報となったときに影響力をもつので、あえて情報という項に包含させた。その三項の枠組みはまさに人間情報学と呼んでもさしつかえないだろう。
 その三項枠は心理学の範囲と私は思うが、現行の心理学は、質問紙への回答から多変量解析などによって構築したバーチャルな空間の配置の中で社会行動を理解するかのようである。心理テストや態度測定は、いまや実際の行動との対応関係は気にしなくなりつつある。実際の行動さえ等閑に付すのだから、まして、その行動のとしての社会統計まで取りこもうとはしないようだ。

 交通心理学では、心理テスト(適性検査)は質問紙よりは作業検査を信用し、検査と運転行動の関係を追究し、そして行動の結果としての事故の頻度を問題とする伝統がある。その点では、交通心理学の守旧派は現行の心理テストや態度研究の現状を憂えるが、多くの心理学者は私が提唱する三項の枠組みのほうが異質だというかもしれない。そうであるならば、新しい名称(人間情報学)のもとに新しい展開を考えるのも一つの道だろう。

 情報―人間―社会統計の中にインセンティブ(誘因)を展開させれば、それは経済学である、という人がいてもおかしくない。実質的に今の経済学は心理学にかなり接近しつつあると思う。それゆえに、経済学か心理学かという古い領域争いよりは新しい社会科学へと向うほうが生産的だと思うが、いかがであろうか。

時代の常識を革新する

 誰もがエラーをするから事故を経験する人も多い。クルマは魅力ある商品であるから一家言をもつ人も多い。交通事故は身近な現象である。誰もが見聞きし、常識や社会通念ができあがっている中で誰も気がつかない意外な真実を見つけることにこそ交通心理学の面白さと楽しみがある。そこには常識との格闘がある。しかも、常識が誤りで学説が正しいとはかぎらない。常識は侮れない。常識のほうが学説より優れていることさえあるから格闘になる。

 交通心理学は安全に寄与するが、シ−トベルトをしよう、携帯電話は危険だ、と研究成果が説教となるだけなら、つまらない。研究はその時代に生きる人間の姿を描きだすものであるべきだ。その時代の人間観と対立するのか、それとも取りこまれているのか。時代の通念を革新してこそ研究だ、と私は思う。


※ このページは、2007年3月刊行の『人間情報学研究 第12巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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