研究員紹介
今井 奈緒子
(教養学部言語文化学科/大学オルガニスト
/宗教音楽研究所)

オルガンという名の有機体と共に



 小中高とミッションスクールに通い、当時の母校には本物のパイプオルガンはなかったが、優れた礼拝奏楽とキリスト教音楽に日々触れて培われたものは大きいと考えている。

 1970年代の日本では、それまで主流であったドイツ製ネオ・バロック型オルガン(20世紀前半のオルガン復興運動の流れを汲むバロック像に従って構想された楽器)となべて一律的な奏法が見直され始めた。歴史的オルガンと奏法について説き、その火付け役ともなったハラルド・フォーゲル氏と、日本人オルガンビルダーの草分けである故辻宏氏が主宰する、北ドイツ、オランダ、フランスの歴史的オルガン(主として17,18世紀建造)を訪ねる旅に参加したことで私のオルガンに対する目は開かれた。大学2年の夏のことである。卒業直後の4月から青山学院大学の礼拝オルガニスト、翌年から国際基督教大学(ICU)副オルガニストとなり、フリーでアンサンブルやオーケストラのエキストラ等を勤めるようになったが、仕事をするにはとても及ばない実力とメソッドの欠如を恥じて留学。オルガン音楽の勉強にフィールドワークは不可欠であり、たった2年間ドイツに学んだだけでは足りないことには後で気づくが、以後それを理由にヨーロッパ各地で開催される講習会や、新たに修復された楽器を見聞しに夏毎出かけていくこととなる。1986年、所属の日本キリスト教団霊南坂教会が改築されオルガンを設置したのを機に副オルガニスト、ICU及び青学大の礼拝奏楽者に復帰、母教会とICUでのリサイタルを皮切りにソロ活動を開始した。因みに’87年6月には初めて学院大土樋キャンパスを、『宗教音楽の夕べ』演奏者として訪ねている。

今井先生の写真
(いまい なおこ)
1978年  東洋英和女学院高等部卒業
1982年  東京藝術大学音楽学部器楽科卒業
1986年  ドイツ国立フライブルク音楽大学卒業
1990〜
2006年 東京藝術大学器楽科非常勤講師
2004年〜 東北学院大学教養学部教授・大学オルガニスト・宗教音楽研究所々員
2006年〜 宗教音楽研究所々長

 留学中(’85年ドイツ・リューネブルク)と’88年(ベルギー・ブルージュ)の二度国際オルガンコンクールに参加し、いずれも入賞を果たした。コンクールはキャリアとしては1位でなくては意味がないが、体験から得たもの(練習の仕方やコンディション作りは勿論、楽器や作品についてのリサーチの重要性など)は後進の指導や運営する側に立つ場合に役立っている。

 16年間非常勤講師を勤めた東京藝術大学では、最初オルガン専門学生の通奏低音と他専攻生の副科実技を担当した。通奏低音とは文字通り器楽・声楽に付随して作曲された単声低音部とそれを通奏する技法を指す。鍵盤楽器奏者は左手で奏する低音上に右手で即興的なパートを作りながら演奏する習慣で、イコール通奏低音時代と言われるバロック時代のアンサンブル演奏に欠かすことはできない。学生時代小林道夫氏の指導されるバッハ・カンタータ・クラブとその仲間から合奏の歓びを知り、更に鈴木雅明氏が’90年に旗揚げしたバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏に参加して以来、通奏低音奏者としての活動も多忙となった。バッハの教会カンタータ全曲演奏と録音はやっと半分を過ぎたところで、この深い森の探索は可能な限り続けたいと願っている。芸大3年目からは専門学生へのレッスンが中心となった。演奏と表現の具体性という意味に於いて、廣野嗣雄とジグモント・サットマーリという二人の師に受けた懇切にして熱烈なアプローチはそのまま自分の指針としてきたが、学生の演奏に適切な言葉で意見を述べしかも個の創造力を妨げないようにすることは、自身の知識と経験が問われる以上に必要な訓練だったと振り返る。それまで狭い教室に置かれた’66年製ネオ・バロックオルガンが唯一レッスンや試験等の演奏に使われていたところへ’93年中規模のフレンチ・クラシカルオルガン、更に’99年新奏楽堂にコンサートオルガンが導入されて環境は著しく向上した。因みに3つのキャンパスの各礼拝堂に上質なオルガンを備えた学院大のような例は国内では稀少である。

 教会や学校でのコンサートに加えて、折しも’80年代から公共ホールが競ってオルガンを導入するという日本独自の現象に伴い、リサイタルシリーズやレクチャーコンサート等に数多く出演してきた。この様なホールの大半で専属オルガニストを置き、企画や保守管理に役立てる取り組みが見られるが、私も東京新宿区立文化センターで13年間オルガニストを務め泉礼拝堂と同じケルン社製作のオルガンに親しんだ。

 初めてのソロCD『シャイトのアラマンダ』’95は小淵沢の美術館に日本人ビルダーとして評価の高い草苅徹夫氏が製作したオルガンで、16-17世紀の鍵盤作品を収録し『レコード芸術』誌で特薦を得た。良質でより専門性を持たせた楽器が増える中、(現日大)カザルスホールに名匠J.アーレントが建てたオルガンで4回のリサイタルを行い、2002年バッハのオルガン作品『クラヴィーア練習曲集第3部』をCDリリース(レコ芸準特薦)。またスウェーデン・イェーテボリ大学オルガン芸術センター(GOArt)を率いる横田宗隆氏の企画でスウェーデン南部の、いずれも教会に建つ17-18世紀オリジナル或いは修復状態の良好なオルガンを探訪し演奏した記録が、CD『7ORGANS』’04となった。ところでGOArtはオルガンを専門とする音楽学、鑑定家、製作、演奏、事務、経理に係わる人々で構成され、数年前国立イェーテボリ大学芸術学部の一学科として認可を受けているが、例えばオルガンパイプの化学的組成分析や発音原理については市内チャルマース工科大と連携し共同研究を行なっているそうだ。東北学院大学とは研究や学生の交流プログラムが組めないだろうか?と先般横田氏より打診を受けたのだが、現時点での可能性はなくとも、楽器と種々の専門分野を擁するこの大学ならば総合的研究もあながち夢ではないと思い始めている。礼拝や授業・講座(従来の一般対象に加え’06年度から学生向けにも実施中)で楽器に触れ鑑賞するのみならず、その内側にまで広く興味を喚起することが、当面の課題と言えそうだ。

※ このページは、2007年3月刊行の『人間情報学研究 第12巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


|12巻に戻る