研究員紹介
岸 浩介
(教養学部教養学科言語文化専攻)
生成文法理論に基づいた言語獲得論



 私たち人間はだれでも特定の障害が無い限りことばを話せるようになります。どの国の国籍の幼児であっても日本語の環境に育てば日本語を話すようになりますし、また、日本国籍の幼児であっても英語の環境に育てば英語を話すようになり、フランス語の環境に育てばフランス語を話すようになります。さらに、私たちが幼児期に獲得する母国語は、成長してから学習する第二言語(=外国語)とは異なり、脳に特定の障害や病巣が生じない限りは、失うことも忘れることもありません。加えて、こういったことばの獲得は、5〜6歳ごろまでにはほぼ完了すると言われています。

 このように、幼児がきわめて短期間のうちに、特別な訓練を受けることもなく、おとなと同じようにきわめて複雑な体系からなることばを、非常に複雑な文法規則に従って自由自在に使いこなすことができるという事実は、古くから多くの哲学者や言語学者、科学者達の考察対象となってきました。特に、1950年代に生成文法理論の基本的枠組みを提案したNoam Chomskyは、幼児の言語獲得の問題を、「人間はなぜ教わった以上のことを習得できるのか」と問うプラトンの問題になぞらえて、「言語学上のプラトンの問題」として取り扱っています。事実、幼児がふれることのできる言語は、自身の家族やテレビから流れる音声といった、極めて不鮮明かつ曖昧で、時には言い誤りや文法的間違いを含んでおり、さらに量的にも決して十分とは言えないものであるにもかかわらず、幼児はいともたやすく言語を獲得します。このことは、幼児が単におとなが喋るのを聞いてそれを模倣するといった説明方法では説明することが困難です。この「言語学上のプラトンの問題」を解くことが生成文法理論の目標です。

岸先生の写真
(きし こうすけ)
1994年 山形県立楯岡高等学校卒業
1998年 岩手大学人文社会科学部卒業
2000年 東北大学大学院情報科学研究科
博士前期課程修了
2003年 東北大学大学院情報科学研究科
博士後期課程修了
2003年 東北大学大学院情報科学研究科助手
2004年 東北学院大学教養学部講師
現在に至る。

  では、この問題を解くにはどのように考えれば良いのでしょうか。生成文法理論では、この問題を、人間の脳内には言語を生み出すためのメカニズムが生得的に備わっており、幼児が家族らによる言語表現にふれることにより母国語が決定されるという仮説を立てることで説明しようとします。このように考えれば、幼児が短期間に言語を獲得できるのは、始めからに脳内に生得的メカニズムが備わっているからであると説明できますし、現存する言語の多様性についても一定の回答が与えられることになります。具体的に言えば、この生得的メカニズムとは、いわば、全ての言語に共通する諸特徴の事であり、これは普遍文法(Universal Grammar(UG))と呼ばれます。UGには有限個の媒介変数(パラメータ)が組み込まれており、幼児が当該言語にふれることでその値が決定され、個々の個別言語を獲得するようになると考えられています。すなわち、生成文法理論の目標はUGの諸特徴と媒介変数の解明ということになります。

 この目標を達成するために、言語学者のなかには、様々な言語の句構造や文法規則といった統語的側面を純理論的に調査し、そのパターンを類型化することで、言語表現の一定の普遍原理を見つけ出そうとする人もいますし、また、統語的側面だけでなく、音韻的側面、意味的側面との関連や、言語の使用といった語用論的側面との関連で研究を進める研究者もいます。さらに、近年の脳科学の研究成果を踏まえて言語の脳科学といった観点から実証科学的アプローチを用いてUGの解明を試みる研究者や、失語症などに代表される言語障害の症例検討から言語機能を明らかにしようとする研究者もいます。

 私がこれまで取り組んできたのは、先に挙げた純理論的なアプローチに基づく統語的・意味的言語解析でした。特に、英語と日本語の比較対照という観点から、両者の統語的・意味的側面、ならびにそのインターフェイスについて研究してきました。研究対象を具体的に挙げれば、英語の無生物主語構文や、二重目的語構文と与格交替、日英語の等位構造の句構造、英語の数量詞の意味解釈、英語の省略現象、英語の先行詞内在型削除構文などが挙げられます。最近では、こういった理論的観点からの言語研究に加えて、fMRI(機能的磁気共鳴映像法)やPET(陽電子断層撮影法)といった方法で脳の働きを画像化することによって、言語機能の脳内での働きを解明しようとする研究にも関心がありますし、また、幼児の語彙の獲得や文法の発達過程、言語障害と言語機能の関連についても研究していきたいと思っています。

 多くの研究者によるこれまでの研究成果は、ワープロソフトウェアの単語の変換機能や、コンピュータを用いた自然言語処理や音声認識といった分野へ応用されてきていますし、第二言語習得論への貢献も大いに期待され、外国語教育論、ならびに教授法に少なからず影響を与える可能性を持っています。これらの点で、生成文法理論は様々なアプローチをとることが可能となっている理論であり、高い説明力を兼ね備えた射程の広い理論であるといえます。

※ このページは、2005年3月刊行の『人間情報学研究 第10巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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