研究員紹介
相川 利樹
(教養学部教養学科情報科学専攻)
天文学の醍醐味



 天体を対象として研究している。この研究の醍醐味は僅かな事実(観測)からその天体についてもっともらしい「ほら」が吹けることである。

現在は脈動変光星を調べている。僅かな観測事実からと書いたが、天文学の歴史を見ると如何多くの精度のよい観測事実を得るかで悪戦苦闘してきたかがわかる。とにかく、天体からは電磁波でしかその天体の情報を得ることができない。これが天文学の宿命である。そこでは電磁波の広い波長域で天体を観測することにより、多くの情報を得ようとする。可視域での伝統的な分光観測も然りである。

多くのデータを得るもう一つの道は変光天体を観測することである。これらの天体は変光しているので、それを観測すると時系列データが得られる。それにその天体の物理やその天体の諸元に関する情報が含まれている。変光星は変光天体の代表的なものである。我々の住む銀河で見ると変光星は恒星の内のごく僅かであるが、とにかく目立つ。試算によれば、見えている恒星のたった1万分の1が変光星にすぎないが。

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(あいかわ としき)
1942年  山梨県生まれ
1971年 東北大学大学院理学研究科博士課程(天文 学専攻)修了
1983-84年 米国ネブラスカ大学およびハーバード・ス ミソニアン天体物理研究所研究員
1989年  東北学院大学教養学部 教授
「ミラ」言われる変光星がある。これは、くじら座の"o"星で、「o Cet」(オミクロンセチ)とも書く変光星である。発見されたのは、変光星の歴史でも古いほうで、ガリレオと同時代のファブリシウスによる。この「ミラ」は恒星の外層の物理機構により変光現象を起こしていると思われている変光星である。このような変光星を脈動変光星と呼ぶ。単独の恒星が変光するのが面白い。また、ケフェウス座という星座がある。このケフェウス座は夏から秋にかけて東北の空から上がってくるとがった五角形の星座であるが、その底辺のあたりに変光星がある。この恒星(δ Cep =デルタ セフェイ)が変光星であることはグードリッケによって発見された。いまから200年ほど前のことである。これが脈動変光星の一つのグループのプロトタイプになった。

周期現象に着目する。変光星の時系列データを得るための動機はそこで得られたデータから規則的な変光現象を取り出すことにある。周期は規則的な時系列を特徴付ける代表的なものである。脈動変光星の観測でもこの脈動周期をえるための努力がされている。なぜ周期を観測的に決めたいのか? 例えば、ここに紐の長さの不明な振り子があるしよう。そこで、その振り子の動きを観測してその周期を決める。さらに、その振り子の周期が地上での重力の大きさや紐の長さとどのように関係するかと言った関係がつけられると(これをモデルと呼ぶ)、この関係と観測された振り子の周期から、未知の紐の長さを推定することができる。脈動変光星の脈動周期でも同じシナリオが作れる。脈動変光星のモデルでは、星の外層での振動の固有振動の性格を調べその固有周期が星の諸元(光度、質量、有効温度など)とどう関係しているかを調べる。星の外層での固有振動は弦の固有振動と似ているが、星の外層は極めて強い非一様媒質であるので固有振動の性格は複雑になる。それでも、周期というのは振動論的には線形振動として議論できる。このようにして求めた固有振動が観測された変光現象の周期に対応すると考えるわけである。

変光曲線は非線形振動の結果。周期が確認された変光星の時系列データをその周期で折り返すと周期的な変光の様子(これを変光曲線と呼ぶ)が見えてくる。面白いことに、この変光曲線は振り子の振動でよく出てくる正弦関数から大きくずれている。しかも、特定の位相で「瘤」があったり、「溝」があったりする。この変光曲線も脈動周期と同じように星の外層の物理や諸元の情報を含んでいるはずである。問題は、周期は線形振動で決まるのにたいして、変光曲線の形は振動論的にみると非線形振動から決まるものになっていることである。恒星の外層の非線形振動モデルには、コンピュータによるシミュレーションが不可欠である。ここでは励起された振動が非線型効果で頭打ちになり定常振動に落ち着くまでをコンピュータで追いかける。結構体力のいる仕事である。この落ち着いた振動を振動論ではリミットサイクルというが、この状態が観測されている変光曲線をつくる定常振動であると考えるわけである。やってみると、固有振動モードの共鳴結合がこの定常振動の形に大きく関わっていることがわかる。

不規則はカオスから生まれた。このように書いてくると脈動変光星は規則的な変光を示すものが多いように思われるかもしれないが、実は逆で圧倒的に不規則な変光をしている変光星が多い。これも、試算によるが、脈動変光星の約1割りが規則的な変光を示すにすぎない。どのような物理機構で不規則な変光が出現するのだろうか? 振動論的にみたら恒星の外層での振動自体が不規則になっているからである。そして、振動自体の不規則性を作り出すメカニズムは散逸系カオスである。事実、恒星の外層での脈動のコンピュータシミュレーションをしてみると系の散逸が小さいとその振動はリミットサイクルに達するが散逸の大きな系では、振動はリミットサイクルにならず不規則な振動状態を保つ定常状態になる(これをストレンジアトラクタと呼ぶ)。コンピュータで扱っているのは決定論的に書かれた系であるので、ここで出現した不規則性は決定論的カオスと呼んでよいものである。振動系の散逸の大小は恒星の物理や諸元の関数である。この意味で、不規則な脈動はその不規則が故の情報を持っているというように考えることができる。

並列システムによるシミュレーション。変光曲線やカオス的な変光の振る舞いをコンピュータシミュレーションで作り出し、その出力を観測と比較して星の物理や諸元についての情報を引き出すのは力仕事である。それらが、全て振動論的にみると、非線形問題だからである。しかも、保存系から大きく離れた散逸の強い系の非線形振動である。

星の外層では、エネルギーは輻射で運ばれる。だから、振動系の散逸を精度よく見積もるためには、この輻射によるエネルギー輸送を正確に解かなければならない。この問題は光の波長に依存した多色輻射場によるエネルギー輸送問題になる。このような、多色輻射場は、単色輻射場の重ね会わせに近いとして解くことができる。このように、シミュレーションを効率よくできるのが並列システムである。一つ波長の輻射場を一つのマシンが受け持ち解くわけである。一台のコンピュータの値段が下がり、それを複数台束ねて並列システムとすることは身近なことになりつつある。そのためのアプリケーションも世の中に多数ある。ユビキタス・コンピューティングの時代の科学計算はユビキタスに存在する並列処理システムを利用することになる。

「共鳴」「カオス」「並列システム」という三大噺をさせて頂いた。これで終わりとしたい。

※ このページは、2004年3月刊行の『人間情報学研究 第9巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。