研究員紹介
松本 秀明
(教養学部地域構想学科)
人間の生活基盤としての地表の形成と自然災害



  私の研究分野は地理学の一つの領域である地形学です。「地形」は成因を含めた地表の特徴的な形態のことで、河岸段丘、扇状地、自然堤防、三角州などの用語を思い出される方も多いと思います。現在みられる様々な地表の形態にはそれぞれに理由があり、多くの場合、過去の自然環境やその変動により特徴づけられます。

 例えば仙台の旧市街地は3〜4段の平坦面で構成された階段状の地形である河岸段丘の上に展開しています。河岸段丘地形は、氷河時代から現在までの気候変化(寒冷化や温暖化)に伴う河床の上昇や低下によって生じた地形です。詳しい話しは別の機会に紹介させていただきますが、地球規模の気候変化がこのような河岸段丘地形を作ってきたのです。さて、仙台の河岸段丘地帯を流下した広瀬川は宮沢橋付近で、活断層としての長町−利府線を横切ります。そのあたりから広瀬川は沖積平野としての仙台平野に入り、十キロメートル余りをゆったりと流れ、太平洋に注ぎます。

 私が深い関心を持って付き合っている「地形」は、現在もその形成が進行している沖積平野です。沖積平野は河川が上流から運んできた土砂が河口部や海岸部に堆積することによって形成され、沖積層と呼ばれる40〜60メートルの厚さをもつ地層を形成しています。沖積層の堆積の履歴は今からおよそ2万年前の氷河時代まで遡ることができます。人間の歴史では後期旧石器時代にあたります。

太白区の富沢には、地表面下に当時の人が狩猟の際に残した焚き火の跡が発見され、仙台市遺跡保存館(地底の森ミュージアム)に大切に保存されています。氷河期は現在と比べると年平均気温で6〜7℃低かった(東北日本の場合)ことが知られています。地球上の水(H2O)の分布が海から陸地にシフトしており、海面の高さは現在を基準にすると100メートル余り低い位置にありました。氷河期が終わると急激に温暖化が進み、海面の高さも急速に上昇しました。そのため、約50キロメートル沖合にあった海岸線も急速に陸側に押し戻されて来ます。これを海岸線の後退といいます。海岸線の後退が止まったのは約7000年前の縄文時代早期の終盤です。その後6000年前の縄文時代前期頃には海面は現在と同様の高さに到達してほぼ安定したことにより、河川が運ぶ土砂が河口部や海沿いに堆積し、しだいに海岸線が海側に前進しながら今日に至ります。この6000年前からの海岸線の前進により出現したのが沖積平野で、現在でもその成長は進行しています。

松本先生の写真
(まつもと ひであき)
1972年 宮城県仙台第一高等学校卒業
1977年 東北大学理学部地学科地理学卒業
1979年 東北大学大学院理学研究科博士課程前期修了
1982年 東北大学大学院理学研究科博士課程後期単位取得退学
1983年 理学博士(東北大学)
1984年 岩手大学教育学部講師
1986年 岩手大学教育学部助教授
1989年 東北大学教養部助教授
1993年 東北大学理学部助教授
1995年 東北大学大学院理学研究科助教授
2005年 東北学院大学教養学部教授

  前置きが長くなりましたが、“川が運ぶ土砂による沖積平野の成長”が具体的にどの様に進行したのか、というのが私達の研究テーマです。中学校や高等学校の教室で、“川は上流から土砂を運び出し下流へ運んでいる”ことを教えられました。その頃、愚かにも私が抱いていた川のイメージは、毎日コツコツと土砂を運び続けているという勤勉な姿でした。しかし、今日の私がもつ川のイメージはこれとは全く異なります。

 皆さんは、川が、少しずつ、コツコツと、土砂を来る日も来る日も運んでいる姿をご覧になったことがおありでしょうか。例えば、広瀬川の岸辺や橋の欄干から水面に目をやり、水が清く澄んで水底がよく見えるとき、“川は土砂を運んでいない”ことを容易に確認することができましょう。それでは、川が土砂を運搬する作業は一体いつ行われているのでしょうか。それは年に何回かしか発生しない豪雨や長雨の後に川の水が茶色に濁り、堤防からあふれんばかりに轟々と音をたて、濁流として流れている時です。ダムなどで河川流量がコントロールされ、堤防により人々の生活が守られている現代においても、年に何回か堤防の決壊、溢流の様子がニュースとして報じられます。また、山間地では地盤がゆるみ土石流が発生し家々が押し流されたというニュースも少なくありません。洪水や土石流の被害を被った家々の中には多量の土砂が残される様子も報じられます。川が上流から下流へ土砂を運ぶのはまさにそのような時に限られるのです。河川が土砂を運ぶという現象は、短時間に一気に行われるもので、現代の社会ではそれを“自然災害”と呼んでいます。地形は自然災害によって形成されるのです。

 最初の方でも紹介しましたが、川の下流部に位置する沖積平野は上流域から供給される土砂により成長してきました。沖積平野の成長の履歴は“自然災害”の累積そのもの、ということができましょう。過去の自然の履歴は将来を予測するためには欠かせない情報です。私達は、縄文時代前期から現代までの約6000年間にわたる沖積平野の形成の履歴を、地表面や地表浅層部に残された地形や堆積層をもとに復元することにより、過去の大気現象の反映である河川活動の変動を、地球規模の環境変動や流域単位の環境変動との関連から求めようとしています。

 これらの成果が将来の自然災害頻発期などの予測に役立つことを願うとともに、自然との摩擦の少ない(自然災害の少ない)“地域”を構想するための資源としても活用できるものと期待しています。

e-mail  hmatsumo@izcc.tohoku-gakuin.ac.jp
URL   http://www.izcc.tohoku-gakuin.ac.jp/liberal/Hmatsumoto/index.htm


※ このページは、2006年3月刊行の『人間情報学研究 第11巻』に掲載された記事を元にしております。その後、略歴や所属等に変更がある場合がございます。


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