東北大学第1回環境フォーラム(2001年)および
東北大学理学部オープンキャンパス展示(2002年)から

かつて人類が縄文時代に経験した急激な温暖化は地表や当時の人々へ
どの様な影響を与えたのでしょうか?

環境地理学講座 松本 秀明
[概要紹介]
 今からおよそ7千年前から9千年前の縄文時代早期に,人類は急激な気温の上昇を経験しました。これは,意外なことに現在危惧されている地球大気の温暖化やそれに伴う海面上昇の変化速度を遙かに上回る速度だったことが分かっています。そのような急激な環境変化のもとで,地表の植生や土砂の移動,そして海面上昇がどの様に進行したのか,我々は地中に残された様々な事象を情報源に,環境変化に対する地表や当時の人々の反応を復元することができます。ここでは,過去2万年間の環境変動に対して,仙台周辺の地表の状況はどの様な反応を示したのかを,現在の研究から紹介します。
図1 約1.8〜0.6万年前の海面急上昇期
 現代人につながる人類(新人:ホモ・サピエンス)の歴史は今から約20万年前に遡るといわれます。この20万年の歴史において,人類をとりまく全地球規模の自然環境は大きく変動し続けてきました。そのなかで,たとえば地球規模での気温の変化は人類の文化の発展に直接・間接的に大きく関わってきたと考えられます。気温の変化は氷河・氷床の消長に影響を与え,海水面の高度に変動をもたらし,また地域的には気温をはじめ降水量・乾湿・日射量などの要素に代表される気候変化をもたらしました。また,気候変化は地表においては動植物の分布,降水の形態の変化による川の流れの変化,海にあっては海水温や海流の変化をもたらし,これらは人類の衣食住の原資にも大きな変化をもたらしたと考えられます。
 現在,二酸化炭素等の排出による地球大気温の上昇,そして海水の熱膨張,氷床の融解などによる海面の上昇が危惧され,全地球的な環境問題となっています。IPCC(1996)は,100年後までに海面は13〜94cm上昇すると予測しています。ここから算出される年間1.3〜9.4oの海面上昇速度をどう評価するかの議論は他に譲るとして,これまで人類(新人)が経験した地球規模の海面上昇のうち,縄文時代早期のある期間に相当する今から9千年前〜7千年前には,この数値を遙かに上回る年間17oの海面上昇を記録したことが地理学の研究成果から示されます。この数値から想像される陸や海の環境変化は極めて大きいものであり,人類の生活基盤を大きく変化させるものであった事は疑う余地はありません。ここでは,後期旧石器時代にあたる約2万年前から,縄文時代,弥生時代を経て現代に至る時期についての海水準の変化と,地表環境の変化をこれまでの研究成果から紹介します。
 図1,2は,仙台湾岸に面する海岸低地を構成する堆積物および海底堆積物の放射性炭素年代測定により求められた海面高度の変化です。約1.8万年前は,いわゆる最後の氷河時代の末期にあたり,極周辺には膨大な量の水が氷床として存在し,海面も100m余り低下していました。東北日本の気温は年平均気温にして6〜7℃も低下しており,地表を覆う植生も,より寒冷な地域に生育する種が広く分布しており山地頂部には裸地が広がっていました。河川中・上流部では,地表の凍結・融解等に起因する岩屑が多量に生産され,それらは生産域に留まるように堆積しました。その後,急速な海面上昇に示されるように,急激な気候変化が生じ,蓄積されていた土砂は河川下流部へ運び出される事になります。そして河川下流部に位置する海岸低地では,地表を厚く土砂が覆うことになります。このとき,海面の上昇に伴う河床高度の上昇も同時に生じており,頻発する河道変遷により,氾濫による土砂が地表の広範囲にまき散らされたと考えられます。海面上昇が急速な時期には,河川中・上流からの土砂の供給にもかかわらず,低地の面積は縮小しました。しかし,今から8千年前〜7千年前には年間12〜4oの海面上昇が継続しつつも,次第に速度が鈍ってきたために,河川中・上流から供給されていた土砂の堆積により低地面積の縮小現象は停止しました。河川により土砂が運搬・供給されることにより,海面上昇による低地面積の縮小が抑えられていたことが示されているわけです。
 約6千年前以降は,海水準は上下に小さく振動しながら現在に向かっています。これは,縄文時代中期以降,弥生時代,古墳時代,,,そして現代へとつながる現象です。海面が上昇していた時期には,温暖化の傾向にあった時期であり,海面が低下していた時期は寒冷化の傾向にあった時代と考えることもできます。もともと海抜高度の低い低地では,温暖化の傾向にあった時期には海面が上昇し続け,その結果として河水面や地下水面も上昇し,河川の氾濫や河道の変遷が生じやすかった時期なのではないでしょうか。また,逆に寒冷化の傾向にあった時期には海面の低下により川底の低下が生じ,洪水や河道変遷が起こりにくい時期だったのではないでしょうか。人々の生活の場としての地面の環境が大きく変化し,畠や稲作など,人々の生活様式も大きく変化していたと考えられます。
図2 約1万年前以降の海面変動 (図1,2とも 松本・伊藤,1998による)
 そんなわけで,将来の環境変化への対策を考えたり,私たち人間社会を自然災害から守ったり,人間社会の安定した発展をめざしたりするためにも,過去の環境変化とその時の地表や人類の反応を詳しく復元する研究が是非必要なのです。地理学はそんな研究を推進しています。

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